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返報 13-2 [返報]

13-2



 自宅に近い公園のベンチで西野は考えていた。
 “地域の安全を守ることもできないのに、テロ攻撃なんて阻止できるはずがない…”
 小さい頃からスーパーヒーローに憧れていた西野は、刑事になって人々を悪者から救いたいと思っていた。大学を卒業して一般企業に就職しても、その夢が変わることはなかった。ゆえに彼は退職して警察官になった。しかし、西野の理想は崩れ去ろうとしている。
 上司は職務怠慢で積極的に犯罪を取り締まろうとはしない。西野は何度か未然に防げそうな犯罪を目の当たりにしてきたが、上司は「気にし過ぎだ」と言って目を逸らすことが多かった。また、西野が救おうと思っている人々は制服姿の彼を見るなり、露骨に避けたり嫌悪感を見せたりした。中には好意的に接してくれる人もいるが、警察官に良い印象を持っていない人々が目について落ち込むこともあった。それでも西野は自分にできることをしようと努めてきた。
 “断ろう…”
 ベンチから立ち上がり、西野は自宅へ向かって歩き出した。
 「何者かがテロ攻撃を計画している。」
 頭にスーツ姿の男の声が甦ってきた。
 「我々はかなり大規模な物だと想定している。」
 「静岡の学生は氷山の一角だ。」
 一歩一歩踏み出す度に、西野は会議室でのやり取りを思い出した。
 「我々はコイツらを止めたい。そのためには君が必要なんだ。」
 人気のない通りで立ち止まって西野は深呼吸した。
 “捜査に協力したい…”
 そう思っていても、西野は警察官として働く内に自分が無力な存在だと感じ、自分では役に立てないと考えている。また、両親や交際中の女性のことも考えると、潜入捜査への協力は難しいと判断したのだ。
 彼は再び深呼吸した。
 「揺るぎ無い信念を持ち、人々を助けるために身を投げ出す…テロリストと戦うには必要なことだ。」
 スーツ姿の男の声が再び甦ってきた。頭を振って何度も浮かび上がってくる潜入捜査への興味を払い除けようとするも、そうする度に捜査協力への思いが強くなった。








 “これだけか…”
 机の上に広げた武器を見て守谷和章は思った。机にはマカロフ拳銃を模造した北朝鮮製の拳銃5丁、フィリピンで密造されたUZIそっくりの短機関銃1丁、AK―47をコピーした中国製の突撃銃2丁が並べられている。これらは全て“使用可能な銃”であり、“不良品”ではなかった。
 “三池の所に拳銃が3丁と突撃銃4丁。小熊の所に拳銃2丁と短機関銃2丁。増田の所には―”
 守谷が他の仲間が所有している“使用可能な武器”の数を思い起こしていると、ドアの開く音が聞こえた。彼はジーンズのポケットから折り畳みナイフを取り出して静かに刃を出す。
 足音は彼のいる部屋へ真っ直ぐ近づいてくる。守谷は足音から侵入者が一人と推測し、忍び足でドア脇に移動して相手の様子を伺う。1LDKのアパートなので、玄関から真っ直ぐ歩いて来れば守谷のいる部屋に辿り着ける。
 侵入者は守谷のいる部屋の前で止まった。その後、息を押し殺して相手の動きを待つ守谷は拳銃の撃鉄を落す音を聞き、心臓が縮み上がるような思いを感じた。
 “公安!!?”
 「出て来いよ。守谷、お前だろ?」
 この声を聞いて隠れていた男は素早く飛び出して侵入者の姿を確認する。すると、細身の若い男が拳銃の引き金を絞った。パスッという音と遊底が後退して金属が擦れる音が室内に響き、小さな白い球が守谷の胸に命中した。
 「本物なら死んでるぞ…」三須が玩具の拳銃を床に向ける。
 気の長くない守谷は仲間の冗談に怒って額に青筋を浮かべた。「ふざけるな!」
 「そう怒るなよ。良い報せが入ったんだ。」
 「武器か?」間髪入れずに怒気をこめて守谷が尋ねる。
 「いや、例のマニュアルだよ。」
 「C-1のか?」
 「その通り。あとは君のいう武器だよ…君が購入者を殺し過ぎたから、例のフィリピン人はビビッてるみたいだよ。ヤクザを怒らしたって思い込んでる。」
 守谷はナイフを仕舞って笑みを浮かべた。「たった7人しか殺してないのにか?」
 「7人もだよ、守谷。」三須の声には微かに怒気が込められていた。「結構な数だ。これ以上の欠員は困る。」
 「足が付かないようにしてるだけだ。それにアイツらは警察にマークされていた。いずれにせよ、慎重な奴を仲間にしないとダメだ。」台所へ行って守谷は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。「でないと…計画が破綻する。」
 「わかってる。」壁に背を預けて三須が消え入りそうな声で言う。
 「先生はどうした?」
 「息子さんに会うと言ってたよ。」
 「例のバカ息子か?」
 「そうだよ。」そう応えると、三須も冷蔵庫から水を取り出した。
 「大丈夫なのか?勘付かれて通報でもされたら…」水を飲む仲間を横目に守谷が訊く。
 「心配ないさ…」飲み終えると三須はペットボトルのキャップを閉める。「何かあれば、消えてもらうから…」
 それを聞いて守谷は口元を緩めた。“人の事をあーだこーだ言うが、コイツの方が狂ってる。”








 自宅で荷物をまとめているとインターホンが鳴り、三浦大樹は作業を中断して玄関へ走って覗き穴で訪問者の姿を確認する。ドアの前には大きな白いビニール袋を持った女性が立っていた。
 「早く開けてよぉ~」と女性が言う。
 「ちょっと待った!」三浦は急いで開錠し、ドアを開けて交際相手を室内に招き入れた。
 「もう荷造りしてるの?」食品の入ったビニール袋を床に置くなり、交際相手の高橋恭子が半ば呆れ気味に言った。三浦の部屋は元から質素な部屋であったが、今はベッドとテレビ、それに8つの段ボールしかない。
 「準備だよ。準備。」彼女の買って来た食品入りのビニール袋を持ち上げてSAT隊員は台所に置いた。
 「まだ10日もあるじゃん!」
 「もしかしたら、早まるかもしれないんだ…」
 「早まったら、帰りも早くなる?」
 「それは分からない。」食料品を袋から出して三浦が言う。
 三浦は彼女の恭子に潜入捜査とは言わず、長期の『研修』と言っている。荷造りについては、研修が1年ほど伸びる可能性があるので、現在借りている部屋を引き上げて研修が終わるまで荷物を実家に預けるためだと説明した。
 「その研修が終わったら、私の両親に会ってくれる?」彼の隣に並んで恭子が訊く。
 「そのつもりだよ。」台所に左手をついてSAT隊員は右隣にいる彼女の方へ体を向ける。「『娘さんを僕に下さいっ!』って言いに行かないと…」
 「父が断ったら?」交際相手を見上げて恭子が悪戯な笑みを浮かべる。
 「駆け落ちでもする?」大樹も同様の笑みを浮かべた。
 「できるかなぁ?」再び悪戯な笑みを浮かべて彼女が言う。
 「できなけりゃ、何度でもお父さんにお願いするだけさ。」
 二人は互いの目を見つめて微笑み合い、そして、唇を重ねた。
 「そうだ!」恭子の方から唇を離す。「充電器使わせて。もうすぐ電源が切れそうなの。」彼女は思い出したように上着のポケットから携帯電話を取り出して三浦に見せる。
 「いつもの場所にあるよ。俺のも充電中だから―」
 SAT隊員が喋っている途中にも関わらず、恭子は小走りでリビングへ行ってまだ充電中の大樹の携帯電話からコードを抜き、自分の携帯電話の差し口に差し込んだ。いつものことなので、三浦は首を横に振りながら食品をビニール袋から出す作業を続けた。
 一方、恭子はメールチェックの振りをして三浦の携帯電話のロックを解き、事前に用意していた新しいiCloudのアカウントを交際相手の電子端末に登録した。
 “悪い気もするけど…”そう思いながらも彼女は大樹の携帯電話を元の位置に戻した。








 シャッターを切る音が室内に響いた。
 “可哀想な野郎だ…” 空きテナントに2階から向かい側の1階にある喫茶店の様子を伺う男は溜め息をついた。
 男の監視対象者は有り難いことに窓際に交際相手と座っており、店に入って監視する必要性がなくなった。また、監視対象者は安全の配慮に欠けていたので、古典的な手法ではあるが、Bluetoothを利用した強制ペアリングによるハッキングが成功し、リアルタイムでの盗聴に成功していた。
 「調子はどうです?」銀縁眼鏡をかけた男が缶コーヒーを窓枠に置く。
 突然のことに驚いて監視者はカメラから顔を上げ、相手を確認するなり再び監視対象者の方へ向いた。
 「脅かすなよ、藤木。」
 「いつも気配を出すように努めてるんですけど…」と苦笑いを浮かべて藤木が言う。「それで斉藤さん…例の彼はどうなんです?」
 「どうやら係長の目に狂いはなかったようだ。」
 「そうですか…じゃ、決まりですね。」単眼鏡をポケットから取り出し、藤木は喫茶店にいる監視対象を見た。








 「何で?」女性の目には今にも溢れ出そうな程の涙が溜まっている。
 尋ねられても西野は押し黙ってテーブルの上にあるコーヒカップを見つめることしかできない。
 「ねぇ、何で?どうして?」
 西野の交際相手である吉崎美由紀は「別れたい」と告げられて混乱した。込み上げてくる涙と嗚咽を堪えながら、彼女は愛する男性からの残酷な言葉の理由を探ろうとしているのだ。しかし、西野は別れを告げてから一言も発していない。
 しばらく二人の間で沈黙が続く。
 別れは美由紀にとっても辛い事だが、それは西野も同じであった。できる事なら彼も彼女と一緒にいたかった。それに西野は美由紀との結婚も視野に入れていた。しかし、潜入捜査へ協力を決意した彼は彼女と別れる道を選んだ。
 愛する人だから、幸せになって欲しい。例え、それが身勝手な決断だとしても、彼はこれが一番だと思ったのだ。別れれば、彼女を潜入捜査に巻き込む恐れを無くし、自分が捜査中に亡くなったとしても、彼女の悲しみは小さくなる。
 「他に好きな人ができたの?」と美由紀。
 尋ねられても西野は何も言わずに下唇を噛んだ。
 “そんな人はいない…”
 「どうして黙ってるの?」
 「ごめん…」
 店を出ようと、西野が美由紀の隣を通り過ぎようとした時に右手を彼女に掴まれた。
 「答えてよ…」彼女の声は震えており、手を掴んだ時に目に溜まっていた涙がこぼれ落ちてスカートに小さな染みを作った。
 手に彼女の温もりを感じて西野は「まだやり直せる」と思った。彼は美由紀の手を握り返し、正直に話そうと体を彼女へ向けようと動く。しかし、これから行う仕事の事が脳裏を過ると、それは無理だと考え直した。
 西野は右手の力を名残惜しそうに抜き、彼女の手を振り解く。この時、美由紀は心臓を締め付けられるような苦しみを感じ、顔をくしゃくしゃにして嗚咽を堪える。今すぐにでも彼女を抱きしめて真実を告げたかった。西野の目も潤んでおり、胸の奥から込み上げてくる悲しみのせいで咽び泣きそうになった。
 「ごめん…」そう言い残して、西野は喫茶店を後にした。
 彼女との距離が開く度に抑えていた感情が強くなり、次第に堪えられなくなって涙が溢れ出た。西野はそれを見られないように下を向いて歩く。そして、彼は真っ直ぐ警察署へ向かった。
 同じ会議室で昨日と同じ色のスーツを着た男が待っていた。
 「答えは?」公安部から来た男は喫茶店を監視していた部下からの報告を受けていたので、答えを知っていたが、敢えて西野に尋ねてみる事にした。
 「協力させて下さい。」








 そのニュースを見た時、菊池の顔は蒼白となった。彼の妻はパニックに陥り、テレビの前に座り込んでその状況を見つめていた。
 1995年3月20日。
 携帯端末と通話料料金が安くなったこともあって携帯電話の普及率が70%に達する勢いの頃であったが、菊池家の長女である詩織はまだ携帯電話を持っていなかった。ゆえに現在のような安否確認は不可能であった。娘の両親はただただテレビの画面を見ながら、娘の無事を祈る事しかできなかった。
 テレビ画面にはヘリコプターから撮影される映像が流れている。事件発生から5時間経った今でも地下鉄の出入り口の周りにはブルーシートが敷かれており、その上に横たわる人々と彼らを保護する救急隊員、警察官たちの姿があった。そして、彼らを囲うように複数の警察、消防、救急車両が赤色灯を回転した状態で停車されている。
 その時、固定電話が鳴った。着信音を聞くなり、テレビに噛り付いていた菊地の妻が飛び上がって受話器を持ち上げた。
 「詩織!?」通話の相手が娘だと思った彼女は電話に出るなり娘の名を叫んだ。
 しかし、電話の主が別人だと分かった途端に抱いていた期待が泡となって消えた。
 妻の身を案じた菊地は妻から受話器を取って電話に出る。「もしもし?」
 「父さん?ニュース見てる?」受話口から息子の声が聞こえてきた。
 「見てる…」
 「詩織から連絡は?あいつ、いつもこの時間の地下鉄を使ってるだろ?」
 「あぁ…」父の声は力なく、消え入りそうであった。
 「今から家に帰る。皆で東京に行こう。」
 「そうだな…」
 「父さんも母さんも気をしっかり持ってよ!」
 「あぁ…」
 菊池は受話器を元の場所に戻した。そして、妻に東京へ行こうと言おうとした時、再び電話が鳴った。
 彼が受話器を持ち上げようとした途端、インターホンの音で菊地信弘は現実に引き戻された。
 “またあの夢か…”
 彼の心臓は異常に高鳴っており、目頭も熱くなっていた。再びインターホンが鳴る。初老の大学教授はゆっくりと椅子から立ち上がり、玄関へと急ぐ。彼がドアを開けると、満面の笑みを浮かべた息子が立っていた。
 「ただいま。」
 「おぉ…」
 「父さん、寝てた?」
 「ちょっとな…」
 菊池は息子が両親の身を案じて度々訪問していることを感謝していたが、それと同時に彼は息子の親切心に胸を痛めていた。
 “もうすぐ全てが変わる…その時、息子は私を赦してくれるだろうか?”








 潜入捜査に協力することになった西野は7日後に警察の名簿から記録を完全に抹消された。万が一、警察の記録が漏洩することがあれば、西野の命を危険に晒してしまう恐れが出るからだ。
 表向き警察官を辞めた西野は公安警察の元で訓練を受け、その期間は4ヶ月に及んだ。
訓練の内容は暗号の作り方とその解読法、尾行の仕方と確認、そして、これから成り切らなければならない人物の設定を憶える事であった。西野に与えられた偽IDは小林 健、28歳。小林と言う人物は京都大学法学部で2年学ぶも、学費が払えなくなって休学し、ようやく今年復学した学生という設定であった。
 既に接近戦や武器類の訓練は警察学校で行われていたので、戦闘訓練は不要だと公安部は判断を下した。また、公安部は早期に西野を現地に送りたいと考えていた。その理由として、彼らが想定するテロ攻撃の時期が不明であり、それに加えて「資産」として送り込んでいた人員が忽然と姿を消すことが2度も続いたからである。姿を消した二人は武器の購入に関わっており、公安部が武器購入の首謀者を捕まえようとした矢先に連絡が途絶えたのだ。
 西野はまだ公安部の意図を理解しておらず、彼は「テロ攻撃を止めたい」という思いで訓練に臨んでいた。彼は決して選ばれたことに自惚れている訳ではなく、かつて抱いた理想を実現させうようと強く思っている。
 一方、三浦大樹は西野よりも先に京都へ向かうことになっていた。彼も西野同様に偽のID「高橋 直人」をもらい、立命館大学へ入学する手配がされている。三浦の場合、見た目が若いので現役生として大学に送り込むよう公安部が決めた。
 羽田空港の国内線ロビーで搭乗案内を待つ三浦はキオスクで購入した時代小説を読んでいた。彼は祖父の影響で時代劇が好きになり、後に池波正太郎の『剣客商売』や浅田次郎の『壬生義士伝』の虜になった。今は鳥羽亮の『八丁堀吟味帳』の新作を読んでいる。
 「よいしょっと…」三浦の右隣に男が腰掛けた。
 気にせず小説にのめり込んでいると、隣の男がワザとらしい咳払いをして三浦の注意を引く。煩わしく思った若いSAT隊員が視線を横に移して男の姿を確認する。そこには見覚えのある顔があった。
 「先輩?」三浦が驚いて顔を上げる。
 「相変わらず鈍いな。」中島が笑みを浮かべて言った。
 「ど、どうしてここに?」先輩の出現に三浦は動揺した。
 「見送りに来たんだよ。」
 「でも、講義は?」
 「今日はなかったのさ。」中島は嘘をついた。彼は弟のように可愛がっている後輩を見送るため、体調不良を偽って空港にやってきたのだ。
 「あ、ありがとうございます。」
 「それはそうと…」先輩SAT隊員が遠くを見つめた。「今回の仕事が終わったら、将来の嫁さんを連れてウチに遊びに来いよ。チビ達もお前に会いたがってるし…」
 これを聞いて三浦の顔に笑みが広がった。「喜んで!」
 その時、三浦が乗る飛行機の搭乗案内のアナウンスが始まり、人々がぞろぞろと搭乗口へ並び出した。
 「じゃ、オイラはそろそろ行くよ。知り合いに見られたら、仮病がバレるし…」中島は三浦を見ずに席から立ち上がる。何故か、恥ずかしさが彼の心に込み上げて来たのだ。
 「またな…」そう言い残すと、先輩SAT隊員は人混みの中に消えて行った。

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