So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

<予告?> 返報 13-6 [その他]

 「そんなに驚かなくてもいいだろ?」笑みを浮かべて三須が言った。
 西野と三須は西野が宿泊しているホテル周辺を歩いている。三浦の一件から守谷は疑心暗鬼になっており、小林と名乗る男も警察が送り込んできたスパイだと思っていた。ゆえに彼は西野の動向を探るよう三須に頼んだ。
 何度か角を曲がったり、カーブミラーを使ったりして不審人物を探したが、大学院生の注意を引くような発見は無かった。
 「ただ格納庫まで走り、先生たちと合流する。君のグループ仲間は囮だ。言うなら、磁石だ。彼らが注意を引いてる間に格納庫へ行く…驚くことはないだろ?」
 「彼らを見捨てろと?」西野が三須の横顔を凝視する。
 すると、三須が鼻で笑った。「そうじゃないよ。彼らの犠牲は必要な不可欠ことだ…彼らは英雄になるんだ。そして、君もね…」
 「でも…」
 「心配いらないよ。小林くんは自分の心配をすれば良いんだ。」
 しばらく二人は黙ったままホテルの周りを歩き、尾行確認を終えた三須は西野とホテル前まで移動した。
 「それじゃ…」大学院生が右手を上げて別れを告げ、背中を西野に見せた。
 「三須さん!」
 潜入捜査官が呼び止め、三須が振り返る。
 「絶対にやらなきゃならないことなんですか?」西野の声は震えていた。恐怖というよりもそれは怒りから興奮によって起きたことであった。
 「じゃ、いつやるの?今でしょ!



(以上の場面は『返報』13-6を私が改良したものであり、本編には最後の台詞はないかもしれません。いずれにせよ、パート6は来月の中旬公開予定です。
 WNの新着情報に飢えているので、誰か知ってることがあれば教えてください!
 それじゃ!)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

追記<Z> [余談]

 『返報』13-5は如何でしたか?どうやら、最後の文章を見て「打ち切り」だと思った人がいたみたいです。

 打ち切りたいのですが、偶発的にサイトに訪れた人々が多かったようで…目標のアクセス数「3」がもう超えていた…ゆえに最終回(第14回)まで公開することになりそうです。

 ちなみに13-5で打ち切る予定だったので、追記はこの<Z>で終わる予定でした。『ドラゴンボールZ』的な感じです。はい。(余談ながら、ドラゴンボールの新作ゲームクラシカルな味がありましたねぇ~)

 一応、来月に13-6と第13.5回を公開する予定です。次回で回想編も終わり、第13.5回も回想なのですが、潜入捜査後の話しになります。この回で西野や中島、小田の動きを追って、第14回で現在に戻る予定です。はい。

 一応、13-5について触れます。

 当初の予定では三浦の暴走シーンはなかったです。彼はあっさり退場する予定でしたが、ハヤオが「活躍のシーンを足そう!」とほざき、急遽、あのような戦闘を書くことになりました。「マイルドな戦いで行こう!」と言ってましたが、草案は本編よりグロかったです。

 幸いなことにハヤオと私は文才がないので、本編でもあまりグロさは伝わらなかったでしょう。しかし、ハヤオの草案(廃棄済み)はトマトケチャップで廊下が染まるんじゃねぇ?という感じの描写がありました。文才の無い彼は三浦の感情を暴力描写で補おうとしたようですね!

 長々と書きましたが、退屈な物語にもそれなりの過程があるんです。それでも、クソみたいな物語なんですよ。

 では、13-6の詳細は分かり次第ブログで報告します。

 それじゃ!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

返報 13-5 [返報]

13-5




 家の中を隈なく探したが、菊池夫妻は娘を見つけることができなかった。

 パニックに陥った妻の清子は度重なる疲労で倒れ、信弘は妻のために救急車を呼ぶとすぐ警察に電話して娘の捜索を求めた。一刻も早く娘を探したかったが、彼は救急車が到着するまで妻の手を握って娘の無事を祈った。

 息子や近所の人々に助けを求めることもできたかもしれないが、信弘も妻の貧血と娘の失踪でパニックに陥っていたので、そこまで考えることができなかった。

 “どうしてこんなことに…”

 10分後に2人の救急隊員がやってきて妻の清子を救急車に乗せ、救急隊員の一人が信弘に同乗を促した。すると、2人の制服警察官が狼狽している初老の大学教授に近づいてきた。

 「菊池信弘さんですか?」背の低い制服警察官が尋ねた。

 「はい。」信弘が二人組の警察官の方を向く。

 「娘さんの件で確認して欲しいことがあるので、ご同行願いますか?」

 菊池信弘は一度救急隊員の方へ向き直り、「すみませんが、後で合流します」と言った。

 すると、救急隊員は搬送先の病院名を告げて病院へ急ぎ、菊池は2人の警察官と共に警察署に向かった。









 

 冷水を顔に浴びせられて三浦が目を覚ました。

 彼に冷水を浴びせた守谷は空になったプラスチックのバケツを床に放り投げ、横たわる三浦の顔を覗き込んだ。SAT隊員は湿気の多い薄暗い部屋で両手を後ろ手に縛られており、腕を動かしてみたがビクともしなかった。
 
 「起きたかい、大ちゃん?」薄ら笑いを浮かべて守谷が言った。三浦の肘打ちによって生じた額の切り傷の出血はもう止まっており、傷は小さな赤い一筋の線になっていた。
 
 「恭子は何所だ?」三浦は恋人の安否が気がかりであった。

 「お前の後ろにいる。」

 SAT隊員が後ろを向こうと動くなり、守谷が彼の髪を掴んで手前に引っ張った。

 「まだ話しは終わってないぞ。お前は何者だ?」

 「俺はただの―」

 「そうじゃない。」守谷が三浦の話しを遮った。「知りたいのはお前の“正体”だ…」

 「だから、俺は―」

 三浦が再び喋り始めると、額に真新しい切り傷を持つ守谷が上着のポケットから黒い二つ折りの財布に似た物を取り出した。そして、男はそれを開いて拘束されているSAT隊員に見せた。それは高橋恭子の警察手帳であった。

 「あの女に俺たちを探るように唆されたか?お前なら簡単にあの女の誘惑に負けるだろうな…ところで、あの女、高橋恭子はヤってる時にどんな声を出すんだ?それとも御褒美はまだだったかな?」

 守谷の発言に三浦は苛立ち、額に青筋を浮かべた。

 「それ以上言ってみろ…後悔することになるぞ…」

 「そうかな?」守谷が三浦の髪から手を離す。「俺はこう見えてもやさしいんだ…」額に切り傷を持つ男は右足でSAT隊員を押して高橋恭子の方を向かせた。

 高橋は彼から2メートル程離れた場所で三浦と同じように両手を後ろ手で縛られた状態で横たわっていた。彼女は気を失っており、乱暴された痕跡は見当たらなかった。

 三浦が交際相手の状態を確認して安心していると、守谷は部屋の隅にあった机から灰色の工具箱を持って来てそれをSAT隊員の前に置いた。

 「お楽しみの時間だ。」そう言って、守谷が工具箱から金槌、マイナスドライバー、パイプレンチ、ポケットナイフを取り出して床に並べた。「ちなみに金槌とドライバーはセットになってるから、どっちか一つっていうのは無理だ。」

 「彼女は無関係だ!殺るなら俺だけにしろッ!!」三浦が怒鳴った。

 「それはダメだ。」守谷はあっさりと三浦の訴えを拒否した。「三須はお前たちを消したがってる。それにお前が死んだら、彼女が悲しむだろ?でも、二人とも死ねば…共に楽だろ?」不気味な笑みを浮かべながら、守谷は床に広げた道具を等間隔に離して並べ直す。

 「恭子は無関係だ。彼女は俺の潜入捜査を知らないんだッ!!」

 「どうだかねぇ~」と守谷。

 「信じろとは言わない。だが、もうすぐ仲間がここにやってくるぞ。」三浦はこの場を切り抜けるために嘘をついた。「お前たちの携帯はもうハッキング済みだから、すぐにここを突き止めて突入して来るぞ!」


 これを聞くと額に浅い切り傷を負った守谷は笑みを消し、三浦から視線を逸らして道具箱を置いていた机の方を見る。

 「お前ら…」

 守谷が呼ぶまで三浦は他者の存在に気付けなかった。三浦を囲むように三人の男たちが暗闇の中に隠れており、彼らは鋭い目つきで三浦と高橋を見つめていた。

 「武田は上の連中に荷物をまとめるように言え。後の2人はこの大ちゃんを別の場所に運んでもらう。」指示を下すと守谷は道具箱を置いていた机から赤黒く汚れたタオルを取って三浦の前で立ち止まった。

 「ちょっと失礼…」そう言うと、彼は三浦の腹部を蹴り飛ばし、これが引き金となって激痛と呼吸困難がSAT隊員を襲った。そして、その際に三浦の口が大きく開き、間を置かずに守谷は潜入捜査官の口にタオルを深く押し込み、吐き出されないようにジーンズのポケットに収めていた短いパラシュート・コードで固定した。

 「女はどうするつもりです?」武田が尋ねた。

 「彼女はここに残る。」守谷が床に置いていたポケットナイフを取り上げて言った。

 三浦は必死に体を動かして、目の前にいる男がしようとしていることを止めようとした。

 「分かってるって…」そう言って、守谷は気を失っている高橋恭子の髪を掴んで持ち上げた。頭皮に走った激痛で高橋が目を覚まし、数メートル前で縛られている恋人を見て驚愕した。

 三浦は何度も体を動かして起き上がろうとした。それを不快に思った武田がSAT隊員の頭に右膝を乗せて床に押し付け、三浦の動きを抑えた。

 「だ、大ちゃん…?」

 それが彼女の最後の言葉になった。

 守谷は深くナイフの刃を高橋の首に差し込み、三浦の前でゆっくりと水平に移動させた。刃が移動する際におびただしい量の血が飛び散り、それは三浦と武田にも届いた。

 高橋恭子は想像を絶する痛みに震え、助けを求めて声を出そうとするも、出るのは息を吐く音だけであった。彼女が死ぬ前には見た物は首から飛び出る血と声にならない絶叫を上げて暴れ回る三浦、彼を抑える男であった。彼女の血は気管に進入し、それは肺を満たそうとしていた。呼吸ができない苦しみが込み上げ、その苦しみが癒える前に彼女は息絶えた。

 SAT隊員は涙を流しながら叫んでいた。しかし、彼の声はタオルによって塞がれている。

 高橋の死を確認すると守谷は彼女の髪から手を離し、ナイフを床に放り投げた。

 「三須に電話だな…」

 何事も無かったかのように守谷と武田は仲間二人を残してその場を後にし、三浦は咽び泣きながら恋人の亡骸を見ることしかできなかった。









 ステンレスの台に横たわっていたのは明らかに菊地夫妻の娘であった。娘の詩織は眠っている様に見えたが、肌の色は青白くなっていて生気が見られない。

 顔を覆っていた白い布が捲られて愛する娘の顔が見えると、信弘は込み上げてくる感情を抑えることができなかった。涙が両目に溜まって視界がかすみ、呼吸が乱れて唇が震え、両脚で立つのもやっとの状況だった。

 菊池信弘から連絡を受けた警察は、通報の12分前に起きた交通事故の被害者と菊地の娘の特徴が似ていたので信弘に同行を求めたのだ。

 娘の詩織は母がうたた寝している間に家を抜け出し、適当な建物の屋上から飛び降りようとしていた。彼女は自分が両親に迷惑をかけていることに胸を痛めており、いずれ自分が両親を死に追いやってしまうと思って自殺を決意したのだ。

 “私がいなくなれば…”

 しかし、菊池詩織はその道中で脇見運転をしていた男性の車に轢かれ、その際に頭部を強打して死亡してしまった。

 娘の訃報を受けた妻の清子は泣き崩れ、息子の優介は言葉を失った。それでも家族の死を受け入れられない二人は死体が安置されている警察署へ行き、そこで蝉の抜け殻のようになっていた菊地信弘を見つけた。残された家族は亡くなった詩織の死体と向き合い、そして、締め付けられるような痛みが胸を襲った。

 この悲しみが癒え始めたのは、事件から3年後のことであった。その間、菊池夫妻は生気を失ったようだった。何をしていても娘のことを思い出し、その度に泣き出してしまった。両親を気遣う息子の優介はできるだけ実家に顔を出すようにしていたが、あまり助けになっていなかった。

 娘の喪失から菊池信弘は事件を起こしたグループを恨み、彼らに関する報道を追い続けた。しかし、彼らの報道は年々減少し、世間から忘れられようとしていた。

 前代未聞の化学兵器によるテロ攻撃を受けて小田完治が対テロ機関の草案を作っていた頃、菊池信弘の怒りは政府へと向けられた。

 “娘を死に追いやった奴らはまだ生きてる…なのに、何で政府は何もしない!!”

 信弘は娘の死を無駄にしたくなかった。彼は政府と警察に『正義の執行』を求めた。しかし、当時の議会は「もう二度と同じことは起らない」と高を括って、今までと変わらない日常に戻ろうとしていた。

 “もっと大きな攻撃が起きれば、人々の目が覚めるかもしれない…そうすれば、もう二度と私たち家族と同じ悲しみ持つ人々は生まれない…”

 この危険な考えが菊池信弘の思考を支配し、結果的に彼自身がテロリストとなって国を変えようという考えに辿り着いた。そして、菊池の計画はもう準備を終えており、後は実行するだけの状態にあった。









 三浦を運ぶよう指示された2人の中に剛田がいた。守谷はこのような事態を引き起こした彼にSAT隊員を始末させる役割を与えた。

 咽び泣いている三浦の横に歩み寄ると、剛田は憎悪を抱きながら、仲間だと信じていた男の左腕を引いて起き上がらせた。恋人の死で焦燥し切っている三浦は腕を引かれても、高橋恭子の亡骸から目が離せなかった。

 「お前のせいで俺まで裏切り者扱いだ…」剛田が悪態ついた。

 しかし、三浦はまだ恋人の死体を見つめている。彼女の恐怖と激痛によって引きつる顔が痛ましくて形容し難い苦しみがSAT隊員の胸を襲った。

 「何とか言ったらどうだ?」絶望の淵にいる三浦の顔を覗きこんで剛田が言った。「って言っても、この状態じゃ無理か…」

 「おい!早くしろよ。」ドアの付近で待機していたもう一人の男が急かした。

 「ちょっと待てくれよ。」そう言うと、剛田はSAT隊員の口を塞いでいた縄とタオルを取った。「少しだけ話させてくれ。」

 「早くしろよ…」仲間のわがままに呆れながら男は言った。

 剛田が再び三浦の顔を覗き込む。「お前のせいだ。お前のせいで―」

 いくら目の前で喋られても、その言葉は三浦の耳には届いていなかった。しかし、自分の視界に入って来た男の顔は認識できていた。そして、その顔を見続けていると、恋人を失った悲しみが守谷たちに対する憎悪へ変化した。

 「あのクソ女がそんなに大事だったのか?どうせだったら、あの女を犯せばよか―」

 挑発の言葉を言い終える直前に三浦は剛田の喉にかぶりつき、大きく頭を振って相手の喉から顔を離した。突然のことに剛田は固まり、そして、喉の辺りから痛みが広まり、混乱して喉を両手で抑える。

 間を置かずに三浦はかじり取った肉片をパニックに陥っている剛田の顔面に吹きかけ、畳みかけるように剛田の鼻に頭突きを喰らわせた。喉から飛び出る血とそれが引き起こす呼吸困難、そして、想像を絶する激痛で剛田の意識は朦朧し、両手を喉で抑えながら地面に崩れ落ち、絶命した。

 剛田が死ぬ30秒前、ドア付近で待機していた仲間の一人が三浦に蹴りかかった。彼は剛田が噛みつかれるところを目撃して急いで駆け寄ったが、SAT隊員との距離を詰める間に彼の仲間は肉片を顔面に吹きかけられて頭突きを受けていた。

 「この野郎ッ!」男が立ちあがろうとしていた三浦の右横腹にローキックを入れた。

 口元が血で真っ赤に染まっていたSAT隊員は左肩から床に転び、その直後に背中を蹴られた。しかし、彼は痛みを感じていなかった。大量のアドレナリンによって感覚が鈍っているのだ。

 男が再び蹴りを入れようとした時、三浦が左肩を軸に左右の足で床を交互に蹴り飛ばして後方へ回転した。そして、その弾みを利用してSAT隊員は踵落としをするために右足を上げていた敵の左脚を蹴り飛ばして転ばせた。

 突然のことに受け身が取れず、男は後方に転んで後頭部を強打した。男が激痛に呻く。

 相手の隙を見逃すほど三浦は甘くなかった。彼は慎重に立ち上がると、後頭部の痛みに苦しんでいる男の股間に右踵を落した。そして、男が悲鳴を上げようとした時、SAT隊員は死ぬまで男の顔面を右踵で何度も踏みつけた。

 男の死を確認すると三浦は再び血の海に横たわる高橋恭子を見た。彼の目から再び涙が溢れ出し、呼吸が乱れ始めた。SAT隊員は彼女の亡骸の近くにあったナイフを手探りで取り上げると、両手の自由を奪っていた縄を切った。苦悶の表情を浮かべる恋人の死体を抱きしめて三浦は咽び泣いた。

 「剛田、倉田!早く手伝えよ!!」

 ドアの向こう側から声が聞こえてきた。声は上から来ているように思え、三浦は自分が地下室にいると推測した。

 「ちょっと行ってくる…」そう言うと、三浦は高橋の瞼を閉じさせ、血の海から別の場所に彼女の死体を移動させた。

 SAT隊員は床に転がっていた工具から金槌を拾い上げると、それをベルトバックルの辺りに斜めにして差し込んだ。そして、次にマイナスドライバーを手に取った。ドアの前まで移動すると三浦は再び高橋恭子の亡骸を見た。

 「すぐ戻るよ…」












 「久しぶりだな。」そう言いながら小田完治が椅子に腰かけた。

 「3年振りくらいかな?」丸縁眼鏡をかけた菊池信弘が応えた。「それより少し痩せたんじゃないか?」

 「これでも6キロは太ったんだぞ。それよりお前から連絡してくるなんて珍しいな。」小田がウェイトレスからメニューを受け取る。

 「忙しいところ申し訳ないね。」

 「忙しいのはお互い様だろう。それで、何があったんだ?」現職議員はメニューに書かれていたウィスキーをウェイトレスに見えるよう指差し、ウェイトレスはメモを取ると静かに立ち去った。

 「まぁ、ちょっとな…」菊池が言葉を濁した。

 すると、小田は思い出したように目を見開いて笑い出した。これには菊地も驚いた。

 「お前もあの法案に反対なのか?」

 「あの法案?」

 「メディアの言う共謀罪さ。」

 大学教授はその法案についてある程度の知識は持っていた。もし、この法案が正式なものとなれば、菊池たちは処罰の対象になる。

 「実際はどうなんだ?危険なのか?」と菊地。

 「あれは形式的なものだ。破防法でもやる気になれば、テロリスト予備軍を捕まえることはできる。それに別件逮捕で芋づる式に組織犯罪を取り締まることだってできるんだ。やる気になれば、政府はなんでもできる。ただ、やらないだけさ。今のところ、何の利益にもならないからな…」

 ウェイトレスが小田のウィスキーを持ってきた。一礼をしてウェイトレスが去ると菊地が表情を強張らせた。小田は友人が何か深刻なことを話す気だと思い、テーブルに両肘をついて男の話しを聞く体勢に入った。

 「相談があるんだ。」菊地が声のトーンを落とす。「この国を変えようと思う…」

 小田は友人が冗談を言ったと思って笑い出した。「学生の頃から何にも変わってないな!」

 大学教授は表情を変えずに小田の顔を見つめ続けた。

 「お、おい。本気なのか?」

 「冗談だと思うか?この国は腐敗している。助けを求める人を助けず、私腹を肥やす人間ばかりだ。」

 「中には良い人もいるぞ。」小田が付け足した。

 「しかし、下衆が目立つ。人々は目覚めなければならない。未来のために…」

 「しかしだな…そんなことを言っても…」

 「だが、私にそんな力はない。だからお前の力を貸して欲しいんだ。」

 小田はウィスキーの入ったグラスを持ち上げると、無言のまま茶色い液体を見つめた。

 “娘を失ってから狂ったと聞いていたが…本当だったのか…”

 「どうなんだ?協力してくれるのか?」菊池信弘が小田から返事を引き出そうと尋ねた。

 「どのように協力すればいいんだ?」小田が一気にウィスキーを飲み干した。

 「ありがとう。頼れるのはお前だけなんだ…計画はもうできている。まずは―」

 小田は友人の話しに耳を傾けながら、これから自分がすべきことを考えていた。そして、大学教授が喋り終えた頃、小田完治も自分の考えをまとめた。











 携帯電話の着信音で西野は目を覚ました。彼は菊池信弘の著書『岐路に立つ』を読んでいる最中に眠りに落ちてしまったのだ。

 潜入捜査官はゆっくりと起き上がって、テーブル上で振動しながら機械音を鳴り響かせる携帯電話を取った。電話は西野の連絡係からだった。

 「どうしましたか?」欠伸を堪えながら西野が言う。

 「もう一人の潜入捜査官に会ったよな?」連絡係である『大原』の声には鬼気迫るものがあった。「あの後にもう一度会ったか?」

 「い、いいえ…」電話越しに感じる大原の迫力に西野は押されていた。

 「アイツから何か聞いてないか?何でもいいんだ。どんな些細な事でも構わない。」

 「と言っても、あれ以降、彼とは会ってませんし…その時も特に変な様子はなかったです。」三浦との会話を思い返しながら潜入捜査官が答えた。

 「本当か!?」


 「は、はい…」

 「そうか…」大原の声には落胆の響きが含まれていた。
 
 「何かあったんですか?」西野は三浦に何かが起きたと思い、気になって尋ねた。

 「連絡が取れなくなった。もしかすると、捕まったかもしれない…」

 これを聞いて西野は眼球を押し潰されたパオロのことを思い出した。

 “彼もあの外人みたいに…”










 ドアを開けると三浦は階段を2段飛ばしで駆け上がった。

 あと2歩で階段を上がり切ろうとした時、踊り場のドアが開いて顎髭を生やした男が現れた。男はマイナスドライバーを片手に持つ血だらけの三浦を見ると、危機感を抱いて咄嗟に右押し蹴りを放った。

 三浦は首を左に傾けて蹴りを回避すると、前進しながら男の右脚の下を潜り抜けるようにしてマイナスドライバーを持った右手を突き出した。工具の先端が男の股間に突き刺さり、男が悲鳴を上げる。構わずにSAT隊員は右肩で男の脚を押し上げながら前進し、顎髭男をドアに叩きつけ、間髪入れずに左肘を相手の右側頭部に入れ、そして、マイナスドライバーで男の喉を突いた。遅い仲間の様子を見に来ただけの男は床に滑り落ち、悶え苦しんだ末に息絶えた。

 SAT隊員がドア枠を通り抜けると、仲間の死を目撃して唖然とする童顔の男が見えた。この男に戦う意思はなかったが、三浦にとって相手の気持ちはどうでも良かった。

 恐怖に震える童顔の男が助けを呼ぼうと口を開くと、その口を塞ぐように三浦は男の口に向けてドライバーを突き出した。口蓋垂(注:のどちんこ)にマイナスドライバーが刺さり、童顔の男は思うように声を上げることができなかった。

 素早く三浦はドライバーを抜き取り、左手を相手の右側頭部に添えて壁に叩きつける。それは一度では終わらず、男が床に崩れ落ちようとしているにも関わらず三浦はそれを追うように相手の頭を壁に勢い良く叩きつけた。

 2人目の相手を無力化の完了後、左側にあったからドアから男が飛び出してきてSAT隊員にタックルした。タックルの後に男はドライバーを持つ三浦の右腕を掴んで壁に押し付ける。彼はマイナスドライバーが一番の脅威だと認識し、それを抑えるのが最優先だと判断した。

 しかし、三浦は道具にばかり頼るような人間ではなかった。彼はタックルしてきた男の股間を左膝で蹴り上げ、相手が怯むと前進しながら左拳を男の顔面に三度叩き込み、ドライバーを相手の右胸に刺した。刺された男は呻き、SAT隊員から離れようと三浦を両手で突き飛ばす。

 後ろに押された三浦はその弾みでドライバーから手を離してしまった。3人も連続で刺し続け、その時に付着した血で手が滑ったのだ。再び距離を詰めようと彼が動くと、右側から別の男が現れて三浦を左へ突き飛ばした。虚を突かれたSAT隊員は転び、急いで体勢を立て直そうと動く。

 彼を突き飛ばした赤縁眼鏡が特徴的な男は、これを好機と見てマウントポジションを取ろうと倒れた三浦に飛び掛かった。

 しかし、その時にはもう三浦の体勢は整っていた。SAT隊員は飛び掛かってくる男の股間に右足を叩き込み、男は激痛に顔を歪めながら三浦の上に落ちてきた。両手で突き飛ばすように三浦は男を左側へ押し退けると、ダウンした状態で相手を追うように両脚を左側へ回し、赤縁メガネをかけた男の顔面を2度踏みつけた。

 一度の蹴りによってプラスチック製のレンズ割れて男の目に刺さり、二度目の蹴りで鼻の骨が折れると同時に後頭部を背後にあった壁に強打した。断続的に訪れる激痛に男は悲鳴を上げた。 

 三浦は相手の息の根を止めようと再び蹴りを入れようと脚を持ち上げる。すると、SAT隊員の右横腹に衝撃が訪れた。彼にドライバーで胸を刺された男が仲間を助けるために三浦に蹴りを入れたのだ。再び男が蹴りを入れようとした時、急いで三浦は倒れた状態で左へ回転して立ち上がろうとする。

 マイナスドライバーがまだ胸に刺さっている男は逃げたSAT隊員を追いかけ、四つん這いになって立ち上がろうとする彼の腹部を蹴り上げた。

 「死ね!死ね!」三浦の腹部を蹴り上げながら男が叫んだ。

 疲労のため、三浦は三度も蹴りを受けていた。しかし、彼はすぐに呼吸を整えて4度目の蹴りが腹部を襲う直前にそれを左腕で防いで押し返した。防御を終えると、SAT隊員は素早く片膝をついて上体を起こしながらベルトに挟めていた金槌を右手で取った。

 男が再び右蹴りを放とうとした時、三浦は相手の左足首を金槌で殴り、殴られた男は激痛に悲鳴を上げて足首を庇おうと身を屈めた。そして、その瞬間に三浦は先ほど放った一振りの勢いを利用して金槌を左から右へ水平に振った。意図した訳ではなかったが、男は金槌の釘抜き部分で側頭部を殴られ、先端が深く頭に突き刺さった。

 耳朶を震わせる男の悲鳴が廊下に響いたが、三浦は表情一つ変えずに男と一緒に金槌を手前に引き寄せ、相手の首筋へ拳を振り落した。衝撃の強さで金槌が男の頭から離れ、肉の塊となった男の体は静かに床へ落ちて行った。

 三浦が視線を上げて次の獲物を探した。廊下の先には鉄パイプや金属バットを持った男5人が震えながら血だらけのSAT隊員を見つめている。

 「お前らは下がってろ。」男たちを掻き分けて武田衛が前に出てきた。「誰も手を出すなよ…」

 そう言うと、武田が金槌を持つ三浦の動きに警戒しながら前進し、それに応じるようにSAT隊員も歩き出した。

 距離を詰めながら武田は上着の下に隠していた特殊警棒を取り出し、振り下ろして展開させた。











 震えるほどの怒りを堪えながら、三須は守谷からの報告に耳を傾けていた。

 「警察は俺たちのことを調べていたのか?」冷静な声を装って三須が問い掛けた。

 「高橋って野郎はそう言ってた。」守谷は敢えて三浦が暴れ回っていることを仲間に伝えなかった。「どうする?」

 「計画を早める。」

 意外な返答に守谷は驚いた。

 「先生と話したのか?」

 「これから話す。先生は例の議員とお話し中だ…」今後のことを考えながら三須が言った。「ソイツを…高橋という男を“屠殺場”に連れて来い。」

 「分かった。」

 「それと…小林も“屠殺場”に呼んでくれ。」

 「アイツも消すのか?」

 「いや、彼には試験を受けてもらう。」











 三浦が先に動いた。彼は素早く金槌を振り上げ、武田の頭に向けて振り下ろす。

 素早く武田は特殊警棒で三浦の攻撃を弾き、カンッと金属同士が激しく接触する音が廊下に響く。金槌を防ぐなり武田衛は警棒を左から右へ水平に振ったが、それは空を切っただけであった。

 相手の動きからSAT隊員は身を屈めて武田の一振りを回避し、警棒が頭上を通り過ぎると金槌で武田の左横腹を殴った。そして、彼は素早く立ち上がりながら、左アッパーを相手の顎に叩き込んだ。

 攻撃の速さと激しさに武田衛は圧倒され、バツ印を描くように特殊警棒を振り回しながら後退する。最初の振りは三浦の左腕を捕えたが、最後の一振りは距離が開いたために空を切るだけで終わった。後退したまでは良かったが、右足で三浦が倒した男の一人を踏んで武田はバランスを崩しそうになった。

 目の前にいる敵が隙を見せると三浦は眼光を鋭くさせて武田に接近した。右手の中で金槌の柄を回して釘抜き部分を下へ向け、SAT隊員はバランスを崩そうになっている武田の左肩へ金槌の釘抜き部を振り下ろした。

 鋭く尖った金属部分が武田衛の肩に深く突き刺さり、武田が激痛に歯を食いしばる。彼は素早く警棒を振り上げて三浦の頭に向けて振り下ろす。しかし、それは簡単に塞がれた。

 SAT隊員は右手を手前に引いて金槌と一緒に武田を引き寄せながら、敵が振り下ろしてきた特殊警棒を持つ右腕を左腕でブロックして三浦は相手の鼻頭に頭突きを喰らわせた。その際に金槌が武田の肩から離れて血飛沫が飛んだ。

 鼻を潰されて武田は意識が遠退きそうになったが、どうにか踏みとどまり、塞がれていた右腕を手前に引いて三浦の左太腿を特殊警棒で殴った。

 左脚に走った激痛でSAT隊員の体が左に少し傾いた。彼は警棒による追撃を恐れ、金槌で攻撃を仕掛ける。しかし、この攻撃が放たれる前に武田が三浦の上着を掴んで手前に引き、彼は素早く相手の首筋に左手をかけた。SAT隊員を抱きかかえるような姿勢を取ると、武田は特殊警棒の底部で相手の後頭部に殴りかかる。

 警棒が三浦に接触する寸前、SAT隊員は武田衛に掴まれた状態で右腕を振って金槌で敵の後頭部を殴り、左手で相手を突き飛ばす。悶絶する武田を見るなり、三浦はすかさず金槌を振り上げて襲い掛かった。

 武田は金槌が自分の頭を襲うのを防ぐために左手で三浦の右手首を捕え、それと同時に特殊警棒の柄でSAT隊員の額を打つ。そして、一番の脅威を排除するため、武田衛は警棒で相手の右腕を殴った。

 額と右腕に強烈な痛みが走り、三浦の右手から金槌が離れて床に大きな音を立てて落ちた。激痛に目を細めてしまったが、彼は武田が警棒を振り上げるのを確認することができた。

 “終わりだッ!”

 武田衛が止めを刺そうとした時、SAT隊員が相手の頭と右腕の間へ左腕を伸ばし、それが振り下ろされた警棒の軌道を外側へ逸らした。そして、彼は武田の右腕を左脇で挟み、左手で相手の二の腕を掴んでしっかりと固定する。目の前にいる敵が反撃に出る前にSAT隊員は捕らえた腕を引いて距離を縮め、頭突きを喰らわれた。

 二度の鼻に対する攻撃で武田は流石に崩れ落ちそうになり、掴んでいた三浦の右手首から手を離して後退する。しかし、まだ右腕を固定されているので逃げられない。

 十分攻撃したと思った三浦は特殊警棒を奪おうと、二の腕を掴んでいた左手を手首へ移動させて固定し、右手で相手の武器を奪おうとした。

 「うらぁ!」戦意を取り戻した武田が左押し蹴りを放った。

 三浦は攻撃を警戒して後退し、その際に左腕で武田が持っていた特殊警棒を弾いて床に落とした。彼は落ちた武器へ手を伸ばそうとしたが、再び武田の蹴りが飛んできたので諦めた。

 二度目の右押し蹴りが来ると三浦は左へ動いて回避し、そのまま素早く前進して武田の背後に回り込むと右腕を相手の首に巻き付けた。体力の限界に差し掛かっていたSAT隊員は、これで戦いを終わらせようと思っていた。

 首を圧迫されて呼吸が苦しくなり、武田の顔が次第に赤くなった。彼はこの状況から逃げ出すために右手で圧迫している三浦の腕を抑え、そして、左肘を後ろにいる相手に向けて何度も放った。その内の3打がSAT隊員の左脇腹に命中し、彼の右腕から少し力が抜ける。

 “今だッ!”

 武田は自分を苦しめていた相手の右腕を首から引き剥がし、一歩前出ると素早く振り向きながら右拳を水平に振って三浦に殴り掛かった。

 だが、痛みに耐えながらSAT隊員はすかさず対応に出た。両腕で武田の右腕を抑え、右手で相手の手首を掴み、左掌底を武田の肘に叩き込んだ。鈍い音と同時に武田衛の腕が外側へ曲がり、彼の悲鳴が廊下に響いた。三浦は間を置かずに相手の後頭部に左手を添え、勢い良く壁に叩きつけた。武田衛は壁に長い血の線を描きながら床に崩れ落ちる。

 蓄積されていた疲労がどっと押し寄せ、三浦はその場で膝をついた。

 「随分、暴れたなぁ~」

 SAT隊員の背後から声が聞こえてきた。彼が振り向くと、そこには恋人の命を奪った男がいた。

 雄叫びを上げながら三浦が守谷に向かった。守谷は左足を突き出して立ち上がろうとしていた三浦の胸を蹴り飛ばして転ばし、相手が起き上がる前に彼はSAT隊員の顔を蹴り飛ばした。

 「武田を病院に連れ行け。残りはコイツを“屠殺場”に運べ。」

 そう言い残して守谷がその場を立ち去ると、彼の仲間たちが三浦を袋叩きにした。










 レストランで友人の話しに耳を傾けていた時、小田完治はできるだけ早く公安警察に菊地信弘が計画していることを話そうと考えていた。しかし、レストランを後にした今、彼は新たな選択肢を見出した。

 “アイツの言い分にも一理ある。”

 読書灯の明かりしかない部屋で小田はアームチェアに腰掛けている。

 “しかし、通報すべき事案だ。だが、アイツの計画が成功すれば、私の提案している対テロ機関が実現するかもしれない…”

 小田完治は自身の考えが許されるものではないと思っているが、それでも彼はこれを好機と捉えていた。

 “敢えて見逃すべきか…いや、もし、既に公安が奴の動きを追っていたら?”

 現職議員の額に大粒の汗が浮かび上がってきた。

 “となると、今日のことも見られていた?通報しなければ怪しまれるな…”

 胸に引っ掛かるものを感じながら、小田は固定電話の受話器を持ち上げた。

 “待てよ…”小田が受話器を戻した。“計画はまだ先のことだ。それに友人の冗談だと言えば済むかもしれない。いずれにせよ、明日にしよう。”

 小田は読書灯の明かりを消して書斎を後にすると寝室に向かった。










 「こっちだ。皆がお前を待っている。」建物に入るなり、守谷が西野を呼んだ。

 突然の予期せぬ相手からの連絡に西野は怯えていたが、黙って男の後を追って廊下を歩き出した。三浦の失踪を聞いていたので潜入捜査官は、この呼び出しが少なくとも三浦関連だと思っている。そして、自分の正体も知られたかもしれないと恐怖した。

 「何があったんだ?」男の横に並んで西野が尋ねた。

 「ちょっと問題が起きただけだ。」

 “やっぱり、例の捜査官か…”

 「大丈夫。すぐ終わるさ…」

 額に小さな切り傷を持つ守谷は廊下の突き当りにあるドアを開けて西野に入るように促した。部屋の中には男たちが輪を描くように並んでおり、ドアが開くと数人が西野たちを見た。

 「どうした?」ドアを開けて待っている守谷が心配そうに問いかけた。

 「何でもない。」そう言って西野は部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋は狭い上に薄暗く、肌寒い場所であった。倉庫だろうと西野は思った。とても人が集まる場所ではない。

 「こっちだ。」輪を描いて並んでいる男の一人が西野に向かって言った。

 華奢な体型の西野は輪を描いている男たちを脇に寄せて輪の中に進む。恐怖が全身に走り、西野は体が震えていることに気付いた。輪の中心へ辿り着いた時、西野の中で広がっていた恐怖が消え始めた。彼の目の前には布袋を頭から被せられ、両手足を縛られて跪いている男がいる。

 「コイツは誰だ?」西野は誰ともなしに尋ねた。

 「ネズミだよ。」背後から声が聞こえてきた。西野が振り返ると守谷がいる。

 「ネズミ?」

 「そう。つい数時間前だよ。コイツの野郎…」守谷が跪いている男を指差す。「警察に俺たちの情報を流していやがった!!」

 これを聞いた西野は心臓が縮まるような感覚を得た。その後、彼の心臓は緊張によって激しく動き始めた。

 「お前も知っているはずだ…」額に小さな傷を持つ男が跪いている男の布袋を剥ぎ取った。彼は三浦の一件から西野にも疑いの目を向けていたので、敢えて鎌をかけてみたのだ。

 守谷のいう通り西野はその男を知っていた。顔中血だらけになってもいても、殴られて顔中が腫れ上がっていても潜入捜査官はその男が誰かすぐに分かった。今、この部屋にいる誰もよりも彼はその男のことを知っている。しかし、西野は一言も発しなかった。

 “あれほど電話を使うなと言っただろうが!!”変わり果てた男の姿を見た西野は苛立ちを覚えた。彼は携帯電話が原因で三浦の正体が暴かれたと思った。

 「皆で考えたんだ…ここはお前がやるべきだと…」西野の前に鉄パイプが差し出され、彼は目の前で跪いている同じ潜入捜査官を見ながらそれを手に取った。

 「助けて…」輪の中央で跪いているSAT隊員がか細い声で言う。

 「裏切りに者のくせに命乞いをするのか?」西野を部屋まで案内した守谷が鼻で笑った。「小林…できるだけ早く頼むよ。」男は西野の肩を軽く叩くと一歩下がった。

 しかし、西野にはできなかった。

 「小林…お前、この裏切り者に同情しているのか?コイツはクズだ!コイツは俺たちの変革の邪魔をしようとしたんだぞ!」額に傷を持つ男が西野の背中に向かって叫んだ。「やるんだ!これはこの国のためだ!やらなきゃ、俺たちがやられるんだ!」

 三人を囲むように並んでいる男たちが「殺せ」と叫び始める。

 “許してくれ!”

 西野は歯を食いしばると、鉄パイプを振り上げてそれを跪いている男に向けて振り下ろした。衝撃の強さに殴られた三浦は頭から床に落ち、西野は苦痛に呻く仲間を見ることしかできない。

 「まだ生きてるぞ…」守谷が西野に向けて言う。「死ぬまでやれよ。」

 恐怖に震える西野は横目で守谷を見た。右手に持つ鉄パイプが重く感じられた。

 “コイツを殺せば…”

 「どうした?ここを、もう一回だ…」守谷が倒れている三浦の後頭部を指差す。

 「俺には…できな―」

 西野が口を開くと三浦の体がビクンと動いて顔を西野に向けた。

 「や…やれよ…」SAT隊員が消え入りそうな声で言った。

 “何を…何をバカなことを…”と西野は思った。

 「ってことだ。小林、早くやれ!」痺れを切らした守谷が怒鳴る。

 この時、吐き気が込み上げて潜入捜査官が咳き込み、鉄パイプを床に落とした。喉まで出かかっている異物に我慢できず、西野は急いでその場を後にしてトイレへ走った。

 「情けない。まぁ、殴ったってことは…『白』かもな…」

 そう呟きながら守谷は、ジーンズの後ろポケットに突っ込んでいた小さく畳んでいた黒いパラシュート・コードを取り出した。長さは1メートル30センチ程だった。

 額に切り傷を持つ守谷が三浦の髪を掴んで引き起こし、SAT隊員の顔を覗き込んだ。

 「どうなってる?」三須が守谷の横に並んだ。

 「コイツはかなり頑固だ。でも、俺たちの居場所を掴んでるっていうのは嘘だな。」

 「それで小林は?」

 「この野郎を殴ったら、気持ち悪くなってトイレに走ってたぜ。」

 三須は薄ら笑いを浮かべている守谷から視線を倒れている三浦に移す。

 「小林の様子を見に行く。お前はコイツを始末しろ。」

 「あいよ。」守谷がパラシュート・コードを伸ばし、それを三浦の首に巻き付ける。

 「それから…」部屋を出ようとしていた三須が振り返った。「決行日が変更になった。」

 「いつだ?」

 「明日の夜だ。」

 「わかった…」

 三須が去るのを見ると、守谷は三浦に笑みを向けた。「何か言い残すことは?」

 「必ず…必ず…お前たちをぶっ殺してやるッ!」血の混ざった唾を吐きながらSAT隊員が憎悪をこめて言った。

 「それは残念だ…」

 守谷は三浦の背中を右足で押しながら、SAT隊員の首に巻き付けられた縄を強く後ろへ引いた。頸部が圧迫されて呼吸ができなくなった三浦はもがいた。

 しかし、両手足を縛れているため、全く抵抗になっていなかった。次第に彼の体から力が抜け、視界に靄がかかってきた。三浦は自分の無力さに苛立ちを覚えた。無力であったから、恋人も失い、テロ攻撃も防げないと思っている。

 その時、彼の前に高橋恭子が現れた。彼女は何も言わずに優しく微笑んでいる。突然の幻にも三浦は驚かなかった。意識が薄れつつあったので、彼女の姿を見ると何故か三浦は穏やかな気持ちになれた。

 “恭子…”

 そして、完全な闇が訪れ、三浦大樹は息絶えた。















 <ご愛読ありがとうございました。ハヤオ・エンデバーの新作にご期待ください!>
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

疲れてきたよ… [その他]

 湿気のせい?それともハヤオのせい?最近、なんか疲れるんですよね~

 一応、『返報』の13-5が来週の14日(水)に公開します。

 もう三浦と菊地の物語となっている回想編ですが、あと1.5回(おそらく来月同時公開予定)で終わります。そして、読者がいなければ、『返報』も終わるでしょう。

 『ベルセルク』の連載も止まりそうなので、ハヤオはベルセルクの休載と同時に書くのを止めようとしてます。しかし、『HUNTERxHUNTER』の連載再開が予告されたので、第13回は年内に終わりそうです。二つが休載になれば、ハヤオも書くのを止めるでしょう!

  最後に色々と検討しましたが、第14回は(現在のところ)戦闘シーンのオンパレードになります。つまり、あまり出しても意味がないかもしれないです。はい。

 長々と書きましたが、また会う日まで…

 それじゃ!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

到着した模様… [News]

 遂に我らのWNキューバに到着した模様です!

 NとG3も合流し、バトスピ団とのリハーサルも明日から始めるそうです。はい。

 キューバでもメインはバトスピ団と三代目G3バンドブラザーズらしいです。しかし、Nが意味深なことをツイートしているので、もしかすると、サプライズで未発表曲を歌うかもしれません。

 世界中が注目している歌手グループですからね、やはり、人々の予想を越すイベントを企画してると思います!!

 できればWNツアーを追いたいのですが、忙しいからできないし…

 頼りはSNSで公開されるライブの断片的な映像だけですよ。

 皆さんの中で素晴らしいWNのライブ映像を見つけたら教えてください!


IMG00067-20120109-1935.jpg


(以下、ハヤオ関連の話しです。)

 『返報』ですが、ハヤオと話し合った結果…

 「条件付きの打ち切り」が決定しました。つまり、第13回をパート6.5(!)まで延長し、それでアクセス数が「3」に到達すれば第14回(最終回)を公開する、ということです。

 13-5は来月の2か3週目(6月17日か…?)に出るかもしれないです。はい。

 それでは!

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

追記<Y>その2 [余談]

 追記なんていらないと思うけど…

 アクセス数が下がり続けている『返報』は我らWNの応援とは無関係なので、早く抹消したいです!一応、ハヤオと話した結果、第13回を終わらせたら打ち切る方向で進んでます。

 もう黒幕の正体は皆さん分かったでしょ?そう、あの人ですよ。あの人が○○○(ハヤオの希望で伏字)になってるだけなんです。

 今回から『ぼのぼの』風で暴力シーンが少なくなってます。次回も少ないのでご安心ください。

 ご都合主義で書いてますが、稀に読者から質問を受けます。その中で多い問いに今日は答えようと思います。はい。(答えはハヤオが出してます。はい。)



 Q.西野は武田衛と面識があったの?
 A.ない、です。西野は武田をボート置き場で見てるけど、武田が西野を知るのは今の話(注:第13回のこと)から2年後になるんですよ。パート5で分かるけど、武田は一時退場する。理由は読めば分かるかも?


 Q.大規模テロと予想しながら、あまりにも小規模な捜査チームじゃねぇ?
 A.いやぁ~、秘密って知る人が増えると漏れやすくなるじゃないですかぁ~。つまり、そういうことですよぉ~


 Q.中2病的な設定に嫌気がします。設定を変えるか、書くのを止めては?
 A.設定を変えるのも、もう無理。だから、しない。でも、没ネタを集めたスピンオフ的な物を書くことがあれば、設定を変えるかもしれない。でも、今はする気もない。あと、書くのを止めるのは検討中。


 ということでした。

 次回の公開は来月末を目指してる予定です。詳細はいずれ発表します。

 それでは!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

別行動? [News]

 皆さん、お元気ですか?

 もう夏かよ!と思う程の気温になって疲れやすくなってると思いますが、私は疲れを通り越して瀕死の状態に陥っていますよ。はい。 

 さぁ、マダカスカルでの公演を終えてキューバに向かっていたWNですが、どうやらG3が乗る飛行機の予約に手違いがあってイギリス行き、G3ブラジル行きの便に搭乗して飛び立ってしまったそうです。

 キューバ公演まで時間もあるので、大した問題にはならないでしょう。はい。

 色々と調べた結果、マダカスカル公演は大盛況だったようです。だから、心に残った感想を3つ紹介します。

 『日本の有名歌手だと聞いてワクワクしながら会場に行った。でも、そこにいたのはメダカに似た男とガリガリの老人だった。』― Twitter利用者

 『金返せ!』― Facebook利用者

 『もう二度とアイツらの歌は聞きたくない…』― モバゲー利用者


 彼らのWNに対する愛が感じられて、私はとても感動しました。

 そして、我らのWNはきっとキューバでも感動の嵐を巻き起こすでしょう!

 続報が入り次第、随時更新して行きたいと思いますので、みんなで一緒にWNを応援しましょう!!

 それでは!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

返報 13-4 [返報]

13-4



 ボート置き場に男の悲鳴が響き渡った。

 パオロは想像を絶する激痛に悲鳴を上げ、眼球を潰した男の手首を掴んで抵抗を試みた。しかし、三須は親指を奥深くパオロの眼窩に突っ込み、途中で悲鳴を煩わしく思ったのか、右拳をフィリピン人の喉に叩き込んで喉仏を潰した。喉を潰されたパオロはパンクしたタイヤのように空気の漏れ出る音しか出せなくなった。

 一方、目の前で2つの残虐行為を目撃したフィリピン人は顔を引きつらせ、自分も同じ目に遭うと思った彼は意識が遠退くのを感じた。守谷も武田も三須の行動には驚き、多少は動揺してしまった。
 
 「こんなもんか…」そう言うと、三須は血で汚れた手を瀕死に陥っているパオロの服で拭う。「あとは…」まだ手に付着する血に不快感を持つ三須が残りのフィリピン人を見た。

 外国人は体をビクンと動かして驚き、首を何度も横に振った。助けを求めたのだ。その時、彼の頭に強い衝撃が訪れた。背後にいた守谷が助けを求めたフィリピン人を殴り、殴られた外国人は地面に崩れ落ちた。

 「あとは頼むよ。終電に乗り遅れる…」そう言い残して三須はボート置き場から出て行く。

 「りょーかい!」仲間の方を見ずに守谷が先ほど殴りつけたフィリピン人の後頭部を再び強く殴って返事した。








 最初はゆっくりと静かに移動し、ある程度まで距離が開くと西野と三浦は全速力でボート置き場から離れた。

 単眼鏡越しに見た残虐行為に二人の潜入捜査官は恐怖で震え上がっていた。簡単な潜入捜査だと思っていた分、三須たちが見せた残忍さは想像を絶するものであった。

 “捕まれば殺される…”

 この考えが二人の思考を支配し、尾行の有無も確認せずに駅の手前まで走って移動してしまった。慌てて西野と三浦は周囲に目を配り、安全を確認すると安堵してその場にしゃがみ込んだ。

 “情けねぇ…”そう西野は思った。彼は捕まえるべきテロリストの残虐行為を目にして恐怖し、最後まで監視せずに逃げ出してしまった自分に嫌悪感を憶えた。“このままじゃ、奴らを止められない…”

 「ちょっと…」三浦が素早く立ち上がって西野の肩を引いた。

 何事かと西野が三浦の顔を見上げる。潜入中のSAT隊員は駅の方に顔を向けており、西野も同じ方向を見るとそこには駅に近づく三須の姿があった。西野は急いで立ち上がって三浦と同じように壁の窪みに身を寄せた。

 「見られたか?」西野が尋ねる。

 「いや、気付いた様子はなかったですよ…」

 距離はあったが、三浦は携帯電話を取り出して三須の姿をカメラに収めた。

 「ちょっといいか?」と西野。

 「はい?」

 「アンタが例の潜入捜査官なんだろ?」自分同様、顔に恐怖を浮かべる三浦を見て西野は思い切って尋ねた。

 三浦は少し考えた。“この人がおそらく『例の捜査官』だと思う。けど、身元を明かすべきか?”

 「もし、そうならどうします?」

 「協力を求める。」西野は三浦の双眸を見つめ、相手の真意を探ろうした。

 「違えば、逮捕ですか?」

 尋ねられた西野は頭を小さく縦に振った。

 “もし、本物の潜入捜査官なら、この人は真面目すぎる…”SAT隊員は答えに困って視線を再び駅へ向ける。

 「そうですよ…あなたと同じ潜入捜査官です。」

 三浦は正直に答えたが、これが正しいのかどうか分からなかった。

 「そうか…」西野の口角が少し上がった。

 “やっと仲間に会えた…”元制服警官はそう思っていた。

 「どうです?連絡先でも交換しませんか?」三浦は念のために西野の連絡先を交換し、本物の潜入捜査官であるか確認したかった。

 「いや、それはやめておこう。俺と君のためにも…俺たちの繋がりが見つかれば後々厄介だ。電話を使うのは命取りになるかもしれないだろ?」

 「そうですね…」潜入中のSAT隊員は心の中で西野の用心深さに感心すると同時に先手を打たれた様な不快感を抱いた。

 “この人が『潜入捜査官を演じているテロリスト』だったら、俺は終わりだ…”

 「じゃ、せめてお名前だけでも教えてもらえませんか?」

 「俺は西野―いや、小林健だ。」

 気を許したせいで西野は思わず本名を口にしてしまった。これは三浦にとって思わぬ収穫であり、すぐにでも連絡役の山中に確認しようと思った。

 「僕は高橋直人です。帰りは電車ですか?」

 「そ、そうだ。」本名を口にしたことを今になって西野は後悔していた。

 「じゃ、それぞれ少し時間を置いてから駅に行きますか…『小林さん』は三須って人に顔が知られてるから、僕から先に駅へ向かいます。それでは…」

 そう言って、三浦は西野の前から歩き去った。彼は小林と名乗った潜入捜査官の視界から外れると同時に携帯電話を取り出して連絡役に電話した。もし、西野がテロリストならこの場で捕まえようと思った。もっともな理由を付けて先に駅へ向かったのは、西野を待ち伏せして仕留めるためであり、彼を気遣った訳ではなかった。

 「どうした?」山中が電話に出た。

 「『例の潜入捜査官』らしき人物と遭遇しました。その人物の名前を教えてもらえませんか?」三浦は焦っていたので早口で言った。

 「会ったのか?アイツに?」明らかに連絡役は驚いていた。

 「そうです。その人の偽名は小林健ですか?」

 しばらく沈黙が続き、ようやく「そうだ」と山中が答えた。

 「その人は眼鏡をかけた華奢な体型の人ですか?」名前だけの確認で納得できなかった三浦は確証を得るために再び連絡役に尋ねた。

 「そうだ。」

 「本名は西野ですか?」

 「そこまで聞いたのか?」連絡役は驚きを隠せなかった。

 「向こうがうっかり漏らしたんです。西野という男なんですか?」

 「ったく…そうだよ。」

 これを聞いてようやく三浦は安堵した。

 「ありがとうございます。詳細は明日報告します。」

 「って、おい!」

 山中にはまだ聞きたいことがあったが、三浦は一方的に通話を終了させて電車に乗り込んだ。








 6人一部屋の病室に簡易酸素マスクを付けてベッドに横たわる菊地家の娘がいた。

 彼女は事件発生時、化学物質が散布された車両から4つ離れた車両内におり、誰かが「毒ガスだぁー!!」と叫ぶのを聞いて周りの人々に押されるようにして停車駅で降りた。出口に向かう際に菊池詩織は倒れて嘔吐する人や呼吸困難に陥って四つん這いになる人、全身を痙攣させて苦しむ人を目撃した。あまりの恐怖に彼女は逃げる人々の背中を必死に追った。

 外に出るとタクシーを拾って、通っている短期大学へ急いだ。駅からほんの数分先にある学校だったが、胸が苦しかったので彼女はタクシーを使う事にした。目的地に着くと、菊池詩織は精算を済ませてタクシーを降りた。その時、ちょうど自転車で登校してきた友人の山沢典子に出会って一緒に校舎へ入ろうすると、詩織は意識を失って崩れ落ちた。

 「詩織…」母の清子が意識不明の娘の手を取って呼びかける。「どうして、こんなことに…」
 
 娘の姿を見て菊池信弘は胸が苦しくなった。それは息子の優介も同じであった。

 ふと優介の視界に若い女性看護師の姿が入り、彼は小走りでその看護師に近づく。

 「すみません。担当の先生とお話しがしたいんですが…」

 すると、看護師は困った顔を浮かべた。「すみませんが、今は無理です。後ほど、状況が落ち着いたら先生に聞いてみます。」

 「わ、わかりました…」

 菊地一家は娘の状態がよく分からなかった。娘の友人も詳しくは知らず、途中でアルバイトがあると言って帰って行った。彼らにできることはただ待つことであった。

 テーブルに乗せていた携帯電話が震えた。妻とテレビを見ていた菊地はこの音で何度も思い出す『あの光景』から目覚めた。

 「もしもし?」菊池信弘が電話に応える。

 「三須です。会ってお話ししたいことがあります。都合の良い日はありますか?」

 「明後日の15時はどうだろう?」

 「分かりました。」








 西野と三浦は殺された3人のフィリピン人に関する報道を探したが、全く見つからなかった。二人の連絡役も調査を始め、現場に出向いて捜査するも証拠の発見には至らなかった。ゆえに三浦の連絡役である山中は精密な調査を行うため、公安部に補充要員と機器を要請した。

 その頃、西野は三須に呼び出された。突然のことに潜入捜査官は驚くと同時に命の危機を感じた。彼はあの夜に起こったことを今でも鮮明に憶えており、失敗すれば自分もあのように殺されるかもしれないと思っている。

 学内のカフェテリアで三須は笑みを浮かべて西野を待っていた。その笑みはボート置き場でパオロの眼球を潰す直前に見せた表情に似ており、潜入捜査官は恐怖に顔を強張らせた。

 “駅で見られてたのか?”

 西野は周囲に視線を配り、自分を監視する人物の有無を確認した。しかし、人数が多すぎて判別できない。この状況は西野にとって良いとも悪いとも言えない状況であった。

 良い点があるとすれば、三須がここで西野を襲う可能性が低いということ。もし、別の場所で西野を始末しようとすれば、移動中に反撃の機会ができる。悪い点は、この場に三須の協力者がいても、彼または彼女たちの正体が分からないこと。相手に正体が知られているのに、自分が何も知らないのは非常に不利な状況である。

 「気分が悪いのかい?」三須が強張った西野の表情を見て尋ねた。

 「いや、大丈夫ですよ…」椅子に腰掛けて潜入捜査官が言う。「今日はどうしたんですか?」

 問い掛けられた三須は一度視線をテーブルに落とし、数秒間の沈黙の後に再び西野の目を見た。この沈黙は西野にとって居心地が悪く、目の前に座る男が昨夜のことを話すのではないかと思って怯えていた。

 「色々と考えたんだ…」大学院生が口を開いた。「昨日からずっとね…」

 “やるしかないか…”次第に高鳴る心臓が西野の冷静さを奪いつつあった。

 「小林くんは菊池信弘先生の講義を受けてるかい?」笑顔を浮かべたまま三須が尋ねた。

 簡単な問い掛けであったが、西野は固まってしまった。想像していた内容と異なっていたからである。

 「いえ…確か、後期の…講義だった…気がします。」あまりの緊張に言葉を詰まらせながら潜入捜査官が言った。

 「そうか…じゃ、先生の本を読んだことは?」

 西野は首を横に振って「ないです」と答えた。

 「そっか…菊池先生は『岐路に立つ』という本を最近書かれてね。その本の中で先生は日本の現状について警鐘を鳴らし、このままでは国の在り方が変わると警告してるんだ。」三須は西野の様子を見ながら話しを進めた。「実は菊池先生がある運動を起こそうとしているんだ。この国に住む全ての人々の目を覚まさせる様な大きなことを…」

 “コイツは俺を『仲間』にしようとしてる?”西野は大学院生の話しを聞きながら思った。

 「本当に大規模な物になる予定でね。できれば、君にも参加して欲しんだ。もちろん、無理強いはしないよ。」

 こう言いながらも、三須は絶対に西野が仲間になるという自信を思っていた。ゆえに彼は二人のテーブルから離れたカウンター席に守谷と小熊を置き、西野を観察させている。

 「それは…なんというか…ヤバい運動なんですか?」と西野。

 「捉え方によると思う。でも、小林くん…君にとって、これは『ヤバい運動』ではないと思うよ。他の人たちはそう思うかもしれない。しかし、歴史が証明するように、偉大な変革の始まりは常に『異常なこと』だと思われるが、後にそれが世界を大きく変えるんだ。異端と思われるのは、人々が『今の尺度』で見てるからさ。後世の世代は、僕らの運動を称賛する。絶対に…」

 「何で俺なんですか?」西野は率直に尋ねた。

 潜入しなければならないことは分かっているが、西野は三須が自分を選んだ理由を純粋に知りたかった。

 小さく左に首を傾げて三須はこう言った。「君は僕に似てるんだ…それが理由かな…」

 “似てる…?”西野は驚くと同時に恐怖した。

 「どうする?君の意思だけでも聞きたい。」

 テーブルを見つめて西野は考えた。“似てるはずがない…そんなわけないッ!!”

 「小林くん?」と三須。

 西野が視線を大学院生に戻す。

 「返事を聞かせてくれないか?」

 「参加したいです。」








 「それで?」

 西野が去った後で守谷と小熊が三須の前に腰掛けて守谷が訊いた。

 「参加すると言ってくれたよ。彼は僕たちと同じ志を持っているからね…」三須は先ほどまで浮かべていた笑みを消して言った。「君らの方はどうなんだ?」

 「私の方は2人リクルートできた。」小熊が口を開きかけていた守谷を遮って言う。彼女は長い黒髪を束ねて左肩から垂らしており、薄化粧であまり目立たないようにしている。

 「また色目を使ったのか?」話しを遮られた守谷が茶化した。彼はあまり小熊が好きではない。

 彼女は鋭い視線を隣に座る男に向け、挑発を受けた守谷が睨み返す。それを見た三須は咳払いをして注意を集めようとするも、二人は聞く耳を持っていなかった。

 “ピリピリしてるな…”

 「仲間内で争う暇はない。それ以上するなら、“屠殺場”でやってくれ…」静かに三須が睨み合う二人の仲間に言った。

 守谷が視線だけ三須に向け「“屠殺場”か…」と呟いた。

 「そこまでする気はないわ。」小熊が向かい側に座る三須の方を向く。

 「なら、もうやめるんだ。それで守谷の方はどうなんだ?」大学院生が尋ねた。

 尋ねられた男は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、何度か画面に触れるとそれをテーブルの上に置いた。三須と小熊がそれに目を向け、画面に映る男の写真を確認した。

 「彼は?」と小熊。

 「剛田が連れてきた男だ。名前は『高橋 直人』。」守谷が情報を付け足した。「見込みがあると思い、武田に尾行させてる。」

 「引き入れる予定なのか?」三須が訊いた。

 「あぁ…その予定だ。」テーブルに置いた携帯電話に守谷が手を伸ばす。「まぁ、それはコイツ次第だが…」そう言って、彼は画面に表示されていた三浦の写真を削除して胸ポケットに携帯電話を戻した。








 尾行の存在には気付いていたが、三浦はそれを振り切ろうとはしなかった。その理由は、尾行者が三須や守谷と行動を共にしている武田衛であったからである。加えて、もし武田を振り切ろうとすれば怪しまれると三浦は思った。

 “昨日の件か?それとも別件?”

 潜入中のSAT隊員が自宅アパートの敷地内に入ろうとした時、塀の内側から誰かが飛び出してきた。三浦は素早く対応しようとしたが、相手の正体を知って驚愕した。

 「だぁーいちゃん」高橋恭子が三浦に抱きついた。

 突然のことにSAT隊員は言葉を失い、これが夢であることを祈った。

 「驚いた?」恋人の顔を見上げながら高橋恭子が言う。

 「どうやって?」やっと三浦が言葉を発した。「何でここに?」

 「iCouldを使って来たの。研修先が京都なんて羨ましいなぁ~」

 “私用の携帯をアパートに置いてたから、それを追ってここに?”SAT隊員は自身の安全管理の乏しさと恋人の軽率な行動に苛立ちを覚えた。

 その時、三浦は自分を尾行していた武田の存在を思い出して周囲を見渡した。人影はない。彼は急いで交際相手を塀の内側へ連れて行き、再び周辺に武田または自分を監視する人物がいないか探した。

 「大ちゃん、どうしたの?」と高橋。

 「ホテルとか、新幹線の予約は?」

 「してないよ。大ちゃんの所に泊まる予定だったし…」

 “クソッ!クソッ!!”

 「ねぇ、大丈夫?何かあったの?」

 “大アリだ。クソッ!尾行を巻くべきだった。見られたかもしれない。いや、もしかしたら俺が家に入るのを見て帰―”

 「もしかして大ちゃん、怒ってる?勝手に来たから…」三浦の表情を見て高橋恭子は心配になってきた。

 「いや、ちょっと忙しくてね…」

 “冷静になれ…”

 「こっちに来て。」SAT隊員が交際相手の手を引いて自分の部屋へ向かう。

 部屋に入るなり、三浦は土足で家に上がって隠していた私用の携帯電話を取り出した。

 「何か変だよ、大ちゃん…」恋人の異変にたじろぎながら高橋が言う。

 “恭子だけでも逃がそう…”

 「大丈夫。大丈夫だから…」交際相手を抱き寄せて三浦がやさしく言った。「これから駅に行く。東京に帰ろう。」

 「大ちゃん、怒ってる?」三浦の両腕の中で彼女は安心感を得ていたが、心配になって尋ねた。

 「怒ってないよ。ただ、恭子のことが心配なんだ…」








 胸ポケットの携帯電話が震え、守谷が画面を確認する。三浦を尾行していた武田からメールが届いていた。メールには向かい合う三浦大樹と高橋恭子の写真が添付されており、写真の下に文章が添えられていた。

 「この女は高橋の交際相手だと思われます。しかし、女は彼を『大ちゃん』と呼んでました。女も監視しますか?

 “これは、これは…”

 守谷は思わぬ収穫に喜んだ。そして、次のように返信した。

 「その二人から目を離すな。

 「いいかな?」三須がスマートフォンに目を奪われている守谷に問い掛けた。

 「あぁ…」

 「じゃ、自己紹介を頼むよ。」三須が隣に座る西野に促した。

 潜入捜査官の前には守谷と小熊が座っている。西野が三須たちの考えている計画に参加する事を決めたので、大学院生は西野を信頼する仲間に紹介する事に決めたのだ。

 「小林健です。よろしくお願いします。」西野が一礼して言った。

 「小熊です。よろしく。」

 「守谷だ。」

 「一応…」それぞれの名前を言い終えた所で三須が話し始めた。「彼らと僕がメインで運動を指揮してる。それだけは知ってもらいたかった。」

 「それで俺は何をすれば?」

 「時が来たら教えてるさ…」と守谷。「時が来ればな…」








 深夜の菊池家で悲鳴が木霊し、老夫婦は飛び上がって娘の寝室へ急いだ。

 あの事件から2年の月日が経過した。菊池詩織は化学物質の影響をあまり受けておらず、意識を失ったのは微量の物質を吸引したことによる眩暈が原因だと診断された。病院には5ヶ月ほど入院し、その後、彼女は退院できるまでに回復した。

 しかし、後遺症はまだ残っていた。目のかすみ、体のだるさ、微熱、そして、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が見られ、菊池詩織は夜になると事件発生に見た光景を思い出してパニックに陥ることがあった。ゆえに老夫婦は娘を京都へ連れて帰り、彼女がパニックに陥って悲鳴を上げる度に菊池夫妻は娘を抱き寄せて宥めた。

 「大丈夫。大丈夫だから…」

 しかし、菊池詩織の状況は一向に回復せず、次第に菊池夫妻の精神も蝕み始めた。これに加えて菊池家の経済状況も圧迫されつつあった。事件後の補償はスズメの涙程度であり、ほとんどの医療費は自己負担だった。先の見えない状況に菊池信弘と妻の清子は精神的に参って体重を落として行き、睡眠も満足に取れていなかった。
 
 ある日、寝不足に悩まされていた清子は少し休もうとソファーで横になった。先程までパニックに陥っていた娘を寝かせたばかりだったので、彼女は疲れ切っていた。もう10分もすれば、夫の信弘が帰って来るのでそれまでの間だけでも眠ろうとしたのだ。

 「帰ったよ。」

 玄関から聞こえてきた夫の声を聞いて清子が起き上がって信弘を出迎えた。

 「お帰りなさい。」

 「詩織の様子を?」

 「さっき眠ったところよ。」

 「そうか…」信弘が清子の肩に手を乗せる。「少しは休んだかい?」

 「えぇ…」

 「晩御飯は出前にしよう。君は少し横になった方が良い。詩織に何かあれば、私がなんとかするよ。」

 「ありがと。」

 菊池信弘は娘の様子を見に2階の寝室へ向かい、妻の清子はリビングのソファーへ戻った。階段を上がり切ると、信弘は娘の寝室のドアが開いていることに気付いた。

 “変だな…”

 不思議に思いながら寝室の中を見ると、彼の心拍数が急激に上がった。部屋に愛娘がいないのだ。








 尾行を巻くために三浦は4回タクシーを乗り換えた。乗り換える前は何度も人が大勢集まる場所に入り、別の出口を使って出ると違うタクシーを拾う。これを繰り返し、怪しい人物の有無を確認した。また、移動の最中に潜入捜査中に使っていた携帯電話を歩行中の男性のポケットに滑り込ませた。電話のGPSで追われることを警戒しての事であり、時間稼ぎにはなるだろう、と三浦は思った。

 何度も背後を気にする恋人の様子を心配そうに見守る高橋恭子は何も言わずに三浦の左手を握る。質問したい事だらけであったが、彼女は敢えて口を開かなかった。

 「疲れてない?」少し歩くペースを落として三浦が高橋に尋ねる。

 「少し…」

 「もうすぐだから我慢して。」

 尾行を巻いたと確信を得た三浦は京都駅へ急ぎ、できるだけ早く恋人を安全な場所に逃がそうとした。

 “ここまで来れば、もう―”

 高橋恭子の手を引きながら駅構内に入った瞬間、三浦は周囲に目を配る剛田の姿を見つけた。

 “アイツら…”

 SAT隊員は素早く踵返して駅を後にする。

 「どうしたの?」と高橋。

 「ちょっと予定を変えよう。」

 そう言うと、三浦は私用のスマートフォンを取り出して連絡役の山中に電話した。

 「どうした?」山中はすぐ電話に出た。

 「今すぐ会えませんか?」客待ちをしていたタクシーに交際相手と共に乗り込んで三浦が言った。

 「何かあったのか?」

 「いつもの場所で会えますか?」連絡役の質問を無視して潜入中のSAT隊員が尋ねた。

 「可能だが…」

 「すぐに来てください!」

 三浦は一方的に電話を切って、タクシーの運転手に駅から少し離れたレストランへ行くように言う。

 「大ちゃん…」高橋恭子が三浦の手を握る。「ゴメンね…」

 「何で?どうしたの?」

 「私のせい?私が来たから…」

 「恭子は悪くないよ。悪いのは俺の方さ。だから、心配しないで…」三浦が恋人の手をやさしく握り返す。

 今度は3回タクシーを乗り換えて尾行の確認をし、連絡場所として使っている運送会社から40メートル離れた場所でタクシーから降りた。

 「どこに行くの?」高橋恭子が尋ねた。

 「上司の所だよ。安全に逃げるには助けが必要かもしれない…」

 「逃げる?どういうこと?」

 「後で説明するから…」

 “西野って人もいる。俺はもう降りるしかない…”

 運送会社まであと10メートルに迫り、三浦は山中が車で来ていることを祈った。そして、5メートルと迫った時、三浦は運送会社の門に立つ男の姿を見た。

 “嘘だろ…”

 門の前に立つ男は守谷であった。三浦はその場で立ち止まり、それに釣られて高橋恭子も立ち止まる。

 「走るよ…」

 そう言って、SAT隊員が来た道へ戻ろうと高橋の手を引く。そして、後ろを振り向いた時、三浦は12メートルほど離れた場所で仁王立ちして二人を待ち受ける武田衛を見つけた。

 徒ならぬ状況に高橋恭子は怯えて交際相手の左腕にしがみ付き、三浦の顔を見上げる。彼は額に大量の汗を浮かべ、歯を食いしばっていた。

 「大ちゃん…?」

 恋人からの問い掛けは三浦の耳に届いていなかった。彼はこの場から逃げ出すことしか考えていない。高鳴る鼓動を感じながら三浦は守谷と武田との距離をもう一度確認する。襲撃者たちはゆっくりと三浦たちに迫っていた。運の悪い事に彼らのいる道は一本道で両端は高い塀がある。飛び越えられないこともないが、高橋がヒール靴を履いているので素早く移動するのは難しく、着地の際に足首を捻れば捕まる可能性が高まる。

 SAT隊員は左腕にしがみ付く交際相手を見た。この時、彼女と目が合って胸が締め付けられそうになった。

 「ごめん。」三浦が言った。そして、彼は右手を彼女の頬に添えた。「恭子に会えて本当に良かった…」

 「どうしたの?」高橋自身も分からなかったが、胸が苦しくなり、涙が込み上げて来た。

 「ちゃんと声にして言ったことなかったけど…愛してるよ。」

 「今日の大ちゃん…変だよ…」

 「そうかな?でも、言いたかったんだ…」

 守谷と武田が7メートルに迫る。

 「ちょっと走るよ。走り出したら、僕から少し離れるんだ。」落ち着いた口調で三浦が恋人に言った。「もし…僕に何か起きても走り続けるんだ。いいね?」

 「どういうこと?あの人たちは誰?」

 「ちょっとした知り合いだよ。いいかい?走るよ…」

 戸惑いながらも高橋恭子が頷いた。それを見て三浦は彼女に微笑みかけ、再び襲撃者たちとの距離を確認する。残り約5メートル。

 (どんな陣形にも弱点はある。そこを見極め、全力で突け。)

 SAT隊員の頭に中島の声が甦ってきた。

 “ここで終わりみたいっす、先輩…”

 三浦は恋人の手を引いて走り出した。彼らの向かう方向には武田衛がいる。潜入中のSATは守谷よりも武田の方が弱いと見た。本能的に彼は守谷の威圧感と自信に脅威を感じ、それに劣る武田衛が『陣形の弱点』と判断したのだ。

 標的が動き出すと守谷が後を追って走り、武田は身構えて三浦を迎え撃とうとした。

 恋人の手を引いて走る三浦と武田の距離が2メートルに迫り、武田衛はSAT隊員の動きを止めようと前押し蹴りの構えを取る。それを見て三浦は瞬時に高橋から手を離し、武田が蹴りを出す直前に敵の右斜め前へ踏み出す。そして、武田の右押し蹴りが放たれると同時に三浦は右ストレートを襲撃者の右頬に叩き込み、続いて左のローキックを武田の左膝裏に入れた。

 三浦が攻撃する間、高橋恭子は走り続けた。そう恋人が言ったからだ。

 攻撃を受けてバランスを崩した武田衛は体勢を立て直そうとするも、その前に三浦に背中を押されて近づいてくる守谷と衝突しそうになった。守谷は仲間を支えようとはせず、逆に左へ退かせて逃げるSAT隊員とその交際相手の後を追う。

 逃げる二人であったが、高橋のヒール靴がその邪魔をした。長時間の徒歩も加わり、彼女は疲れていた。彼らと守谷の距離は縮まり、交差点に達する前に捕まりそうであった。

 “やっぱりダメか…”

 三浦は立ち止まって守谷に向き合った。襲撃者は走ってきた勢いを使ってSAT隊員に殴り掛かってきた。

 「大ちゃん!」それに気づいた高橋恭子が立ち止まって叫んだ。

 SAT隊員は守谷がリズミカルに繰り出してきた左右の拳を後退しながら弾き飛ばし、左拳を相手の顔面目がけて突き出した。しかし、守谷は頭を横に傾けて回避し、左フックを三浦の腹部に入れる。手応えを感じた男はSAT隊員を追い込もうと素早く次の攻撃に出た。まずは右アッパーで三浦の顎を捕えようと放つ。だが、危険を察知してSAT隊員が後退したので、軽く顎に触れるだけで済んだ。次に守谷は左ストレートを出し、すぐにでも右拳を繰り出す準備を取る。

 一方、突き飛ばされて転んだ武田衛は三浦と守谷の戦いに目を奪われた。しかし、彼は同じくその戦いを見守る高橋恭子の存在を見つけて本来の目的を思い出した。武田は素早く立ち上がると高橋の所へ走った。

 守谷の左ストレートが来ると同時に三浦は相手の左斜め横へ移動し、守谷が付き出した左腕の下を通して右掌底を敵の下顎に叩き込んだ。そして、SAT隊員は左肘を相手の側頭部へ向けて振り下ろした。この時の唯一の誤算は守谷が体の向きを変え、繰り出した左肘が相手の額をかすめたことであった。狙い通り命中していれば、逃げる時間が稼げたかもしれなかった。肘が守谷の額をかすめたことによって、彼の額に小さな切り傷ができた。これが引き金となって守谷の攻撃の勢いが増した。

 右フックが三浦の左側頭部に向かって繰り出され、彼が急いで防御するもその際に使用した左腕に強い痺れが訪れた。守谷が次の攻撃を繰り出そうとした時、武田衛が二人の横を走り抜け、三浦は恋人が上手く逃げ切れたのか気になって敵から目を逸らしてしまった。

 “バカめ…”

 守谷は絶好のチャンスを逃さず、左肘を三浦の側頭部に勢い良く叩き込んだ。この攻撃を受ける直前、SAT隊員は数メートル離れた場所で震えながらこちらを見つめる高橋恭子を見た。

 「逃げ―」

 守谷の肘が三浦の言葉を遮り、その衝撃の強さにSAT隊員は膝から地面に崩れ落ちた。急いで立ち上がろうとするも、守谷が右ローキックを三浦の顔面に叩き込む。その激痛と衝撃から三浦は背中から倒れ、この際に高橋恭子の悲鳴を聞いた。

 “きょ、恭子…”

 立ち上がれと体に命令を出すも、SAT隊員の体は思うように動かない。

 「残念でした…」そう言って、守谷は三浦の頭を蹴り飛ばした。

 意識が薄れる中、三浦は必死に霞む視界を鮮明にしようと努力した。高橋恭子が助けを求めて恋人の名を呼んでいても、視界の靄は広がり、体に力は入らない。

 “助けに…行くから…”

 しかし、三浦の努力は虚しく闇が彼の視界を包み込んだ。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

追記<Y> [余談]

 ちょっと先走って公開したパート3ですが、如何でしたか?  編集時にハヤオも言ってましたが、「スピード感がない」パートでした。まぁ、いつも退屈なんですが、今回は何時にも増して退屈でしたね。  さて、編集前のパート3は20ページあり、急いで12ページに圧縮したんです。  長かった理由は、ハヤオが三須たちのグループとの接触と潜入を細かく書こうとしたからですね。はい。もう、非現実的なご都合主義な物語なので、拘る必要はないと思ってかなり削除しました。  パート3の後半でやっと三須たちの本性(?)みたいなものが見えて終わってまして、ちょっと緊張感を高めようとしました。しかし、あまり評判は良くないですね…  某ネットショッピングサイトの動画サービスで『ぼのぼの』を見始めたハヤオは「もう暴力を書くのはやめたい。できれば、アライグマくんがシマリスくんを蹴り飛ばすようなシーンだけにしたい」と言ってました。  ゆえに次回から結構マイルドになります。あと、ちなみに12-4は来週の水曜日公開です。もう読む価値もない『返報』ですが、終る気配があるので興味のある方は気をながーくしてお待ちください。  それじゃ!  
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

返報 13-3 [返報]

13-3





 「神原教授は道州制の採用を強く主張している。」

 教室内にいる生徒たちの顔を見回しながら、もうすぐ50歳を迎える寺島教授が授業を進める。しかし、大半の生徒たちはあまり興味が無い様子で机の上に広げた教科書を見ていた。

 「彼はかなり前から中央集権国家に批判的であり―」

 教授にとって、学生が興味津々であるかどうかは関係ない。ゆえに彼は話しを続けた。

 この講義は三年生向けに行なわれている演習(「ゼミ」または「ゼミナール」とも言う)であり、少人数で議論を行って理解を深めることを目的としている。生徒たちはこの演習を「寺島ゼミ」と呼び、地方政治に興味がある学生の間で人気が高い。

 『小林 健』として京都大学に在籍している西野はこの寺島ゼミを履修して他の生徒と同じように学び、そして、同時に学内の動きを注視していた。しかし、今のところテロ攻撃に繋がるような情報は一切得られていなかった。この状況に西野は苛立ち、もっと積極的に動くべきかどうか考えていた。

 “攻撃は明日起きるかもしれない。”

 そう考えると居ても立ってもいられなくなった。しかし、焦りは禁物である。もし、テロリストに潜入捜査が気付かれれば、時期を早める可能性もある。または警戒してテロリストが行動の秘匿性を高めるかもしれない。

 「小林くん、何か言いたそうな顔だね。」寺島教授が険しい顔をしていた西野に発言を促した。

 突然名前を呼ばれたため、西野は混乱した。

 「中央集権と地方分権のことだよ…」西野の隣にいた女子学生が小声で教えてくれた。

 「えーと…」潜入捜査官は同級生の助言に感謝し、就寝前に予習した内容を思い出しながら自分の考えを述べ始める。「個人的には地方政府にもっと権限を委譲すべきだと思います。」

 「何故?」思わぬ議論の始まりに教授は興味を示した。

 「中央政府の思考はパンク寸前で、地方に目をかける余裕はないです。いくら地方政府が中央の支援を求めても、昨今の日本は首都のことしか考えていないので援助は期待できないです。このような状態を打破するには、地方政府の裁量権を拡大し、それに加えて今より強い権限を地方に与えるべきだと思います。」

 寺島教授は腕を組んで天井を見た。「しかし、腐敗して目も当てられない地方政府もある。権限を拡大すれば、汚職の規模が拡大すると思わないかね?」

 「中央政府の無駄遣いに比べれば小さいものだと思いますが…」と西野。

 「確かにそうだが、それでも汚職を助長する危険性がある。」

 「でも、それは政治家の問題であって、統治機能の問題ではないです。それに中央政府が汚職を容認しているから、地方政府も同じく腐敗するのでは?模範となるべき人々が腐敗していたら、それを見る人々も腐敗するはずです。」

 しばらく西野の目を見つめてから、寺島がこう言った。

 「面白い。でもね、小林くん…逆もあり得るんだよ。地方の腐敗が中央に伝染するかもしれない。でも、面白い考えだよ。他に意見のある人はいるかな?」

 授業が終わって西野が教室を後にしようとした時、細身の男子学生が歩み寄ってきた。その学生に気付くと、潜入捜査官は近づいてきた男性の方を向いた。

 「さっきの話し、面白かったよ。」細身の男が話しかけてきた。

 「ありがとう。まぁ、先生には相手にされなかったけど…」そう言って西野は俯いた。

 「寺島先生はいつもあんな感じだよ。」

 「でも、俺はまだ勉強不足だし…」

 「そう思えることが大切だよ。この学校には勉強する必要性なんてないと思ってる学生もいる。」

 西野はこの男子学生の言葉に励まされ、もっと自信を持つべきだと思った。彼は教授に率直な意見を述べ、それが正しいことだと信じて疑っていない。

 「確か、小林くんだよね?」と細身の男が訊いた。

 「そうです。失礼ですが、あなたは?」

 「申し遅れたね。僕は三須。大学院の2年生で寺島先生のTA(ティーチング・アシスタントの略。教授の補助業務を行う大学院院生のこと)をやってるんだ。よろしく。」

 三須が西野に右手を差し出し、潜入捜査官はその手を握った。







 西野より先に潜入していた三浦は講義ではなく、課外活動を情報収集の拠点にしていた。学生の行動を知るには、彼らが主体となる課外活動に加わるのが早道だと三浦は連絡役に報告しているが、実際は学業に興味がなかったので、楽しそうな課外活動に目を向けたのだ。

 入学から1週間後、三浦は手始めに課外活動の説明会に足を運んでみた。この説明会は野外に長テーブルを並べて行なわれるものであり、気軽に先輩学生と触れ合うことができる。

 “何のサークルがいいかな?”

 説明会の入り口で配布されていた課外活動団体一覧に目を通しながら三浦は考えた。

 “運動系もいいけど、下手な癖が出ると面倒だし…そうなると、芸術系?”

 目星しい団体を探していると、三浦の目に見慣れた本の表紙が飛び込んできた。『壬生義士伝』。彼の好きな時代小説の一つである。その本の隣には歴史に関する本が数冊並べられており、小説は三浦が見つけた上下巻セットの壬生義士伝だけであった。

 それらの本が並べられている団体の長テーブル前面には『歴史研究会』と書かれた大きな紙が貼られていた。本に釣られて三浦が長テーブルの反対側に腰掛ける眼鏡をかけた三人組に近づく。

 「君は歴史が好きかい?」中央の席に座る色白の男が三浦を確認するなり尋ねた。男は青縁眼鏡をかけており、肌寒い日であるにも関わらず青いアロハシャツを着ていた。

 「興味はあります。」とSAT隊員。

 「どの時代?」右端の席にいる太った男が言った。彼は太い黒縁眼鏡をかけており、中央の男とは対照的に厚手の上着を着ていた。

 「江戸…いや、幕末ですかね?」

 三浦がそう言うと、小太りの男は鼻で笑った。左端に座っていた縁なし眼鏡をかけた男は黙って新入生の顔を見ている。

 SAT隊員が適当な理由を言って去ろうとした時、アロハシャツの男が咳払いをした。

 「このサークルは月に一度冊子を出しているんだ。いわゆる『研究成果』を出さないといけない掟があるのさ。そのための資料代として月3千円まで出る。」

 「いいですね。」三浦はその活動費で趣味の本が買えるかもしれないと淡い期待を抱いた。

 「冊子に投稿する内容は自由だし、興味があるならここに来てくれ。」アロハシャツの男が歴史研究会に関することが書かれた小さな紙を手渡した。

 三浦はその用紙を受け取ると笑顔を浮かべて去って行った。

 「あいつ、来ますかね?」小太りの男が離れて行く三浦の背を見て言う。

 「来るさ…」同じく新入生の背中を見ながらアロハシャツの男が呟く。「きっと来る…」






 混沌。

 娘が搬送された病院で菊地一家を待ち受けていたのは人の群れであった。

 事件発生から10時間は経過していたが、病院は彼らのような親族や友人の身を案じている者、警察や報道関係者で埋め尽くされていた。

 両親を待たせて菊地家の長男である『優介』は、人々の間を縫うように進んで受付へ向かう。しかし、受付は押し寄せる人々と電話の応対で忙しく、優介がいくら叫んでも彼の声は届かなかった。

 「詩織のお母さん?」

 長い髪を後ろで束ねた浅黒い肌の女性が長男を見守っていた初老の夫婦に声をかけた。菊池信弘とその妻・清子が女性の方を向く。

 「詩織のお母さんですよね?」再び女性が言う。

 清子が首を縦に振る。彼女は何となくその女性の顔に見覚えがあった。

 「来たんですね!詩織は4階にいます!!今はまだ―」

 「失礼ですが、どちら様ですか?」信弘が女性の会話を遮る。

 「電話した『山沢』です。」

 「あぁ、あなたでしたか…」

 「そんなことより、詩織の病室に案内します!」

 それを聞くと、菊池信弘は長男を呼び戻して娘の友人の後を追った。

 「先生?」三須の声が大学教授の回想を中断させた。「大丈夫ですか?」

 「あぁ…」窓の外に広がる景色を眺めたまま、菊地は向かい側の席に座る学生に向かって答えた。

 「もし、体調が優れないであれば―」

 「問題ない。」はっきりと菊地は言った。「それで今日の用件は?」

 二人は大学生近くのカフェで会っていた。学生の多い賑やかな場所であるため、常連客以外はあまり来ない。

 「寺島ゼミに面白い学生がいました。」

 「『良い学生』なのかい?」

 「昔の私に似ています…」口角を上げて三須が言う。「一応、守谷たちに調べてもらいましたが、問題はないようです。」

 「そうか…しかし、あまり時間がない。できるだけ早く『信頼できる学生』を集めて、あのマニュアルを学んでもらわないと…」

 「その件につきましては、今いるメンバーで対処します。補充人員には別の仕事をしてもらう予定です。」三須が思わせぶりな笑みを浮かべる。

 「つまり?」

 「磁石になってもらうんです。」








 ドアは開いていたが、礼儀として三浦はノックして「すみません」と言った。

 「どうぞ!」

 部屋の奥から返事があったので、三浦は室内へ入る。中には説明会にいた3人がおり、彼らは本を熟読していた。

 「失礼しまーす?」先輩たちの様子を伺いながら潜入捜査中のSAT隊員が言う。

 「元気かい、高橋くん?」左端にいた赤いアロハシャツ姿の『干場 義則』が尋ねた。彼はこの歴史研究会の代表であり、また、その設立者でもあった。

 「はい、元気です。」

 色々と考えた末に三浦はこのサークルに入ることにした。最初の数日は後悔しかなかったが、2週間程経って彼は自分の判断が正しかったと実感した。このサークルに所属する人々は歴史よりも学内の動きについて並々ならぬ関心があるのだ。その会話の中には噂話も含まれていたが、稀に三浦が求めている情報も含まれていた。

 「経済学部に剛田っていう野郎がいるんですけどぉ~」

 説明会にいた小太りの男が沈黙を破った。名前は『木内 和哉』といい、経済学部の2年生であった。

 「何かされた?」と干場。

 「その彼に惚れたんじゃ?」部屋の隅で本を読んでいた文学部3年生の『照井 明人』が茶化した。説明会の時は無口であったが、彼は人が少ない所で喋る事が多かった。

 「僕はそっち系じゃないですよ!」木内が声を大にして否定した。「いやぁ~大した話しじゃないんですけど…」

 「どんな話しなんですか?」興味のない振りをして三浦が尋ねる。

 「その剛田って奴、レンタカーまで借りて大量の肥料を買い込んでんだよ。」唯一、興味を示した後輩に向かって木内が言った。

 「ガーデニングに目覚めたんじゃね?」照井がコーラを飲んで言った。「もうすぐ時期じゃん。」

 「でも、10キロの肥料を5袋も買いますか?それにアイツ、寮生活ですし、その肥料は寮に持って帰らないんですよ。どっかに横流しでもしてるんですかね?」

 「河川敷で農園をやってるのかもしれない。最近、増えてるらしいし…」読書に疲れたのか、干場が本から顔を上げて首を左右に回す。

 「通報した方がいいですかね?」と木内。

 「いや、いらないでしょ。」干場が腕時計で時間を確認しながら言う。

 「そうですよね…」そう言って、木内は読書に戻った。

 干場と照井はあまり興味を示していなかったが、三浦は興味津々だった。

 “『アンホ』かな?こりゃ、本命っぽい…”







 「ねぇ、聞いてるの?」

 そう言われて、西野が携帯電話から顔を上げた。「聞いてるよ。」

 「ホントに?」向かい側に座る吉崎美由紀が目を細めて西野を凝視する。

 「ホントだよ。あれだろ?職場の―」

 「やっぱり聞いてないじゃん!」

 西野は困った顔をして携帯電話をテーブルの上に置いた。「ごめん。聞いてなかった…」

 「警察官になってから史くん変わったよね。」

 「そうかな?」

 「うん。」美由紀がカフェオレの入ったグラスを持ち上げる。「なんていうか、大人になったよ。」

 「実感がないけど…」

 「おじさんになったって言われる良いでしょ?」

 美由紀が悪戯な笑みを浮かべ、西野もつられて笑みが顔に広がった。

 何かが弾けるような音が聞こえた。そして、西野がその音の正体を突き止めようとした瞬間、喫茶店にいた人々が凄まじい勢いで吹き飛ばされた。そこで西野の意識が途絶える。

 どれくらいの時が経過したのか、西野が目を覚ますと破壊された喫茶店と壁一面を染める血が見えた。あまりの光景に西野は吐き気を催したが、すぐに交際相手のことを思い出して周囲に目を配る。そして、彼は変わり果てた愛しい女性の姿を見つけた。

 凄惨な現場を目撃するなり、西野はベッドの上で飛び上がった。心拍数が異常に高く、全身汗だくになっている。

 “夢…?”

 潜入捜査官は自分の居場所が分かると、安心したのかベッドから下り、水を求めてキッチンに向かった。

 「夢か…」

 悪夢の中とは言え、西野は美由紀の姿を見られて嬉しかった。その一方でテロへの恐怖も増幅した。

 「本当に…俺でいいのか…?」

 陽の光がカーテンの隙間から差し込み、朝の訪れをテロに怯える西野に伝えた。彼は身支度を整えて大学へ行く準備をする。今日の講義は休みだったが、寺島ゼミで話し掛けてきた三須に誘われたので西野は学校に向かった。

 大学のカフェテリアに着くと、三須が手を振って西野に居場所を知らせる。

 「元気かい?もしかして、忙しかったかな?」約2週間前に少し話した程度であるにも関わらず、三須は長年の友人に会ったような満面の笑みを浮かべて西野を出迎えた。

 「いいえ、今日は講義がなかったので…」

 「そっか…ところで、何か注文する?」

 「いえ、大丈夫です。」

 あの夢を見てから西野は何も口にしていなかった。というよりも、したくなかったのだ。

 「話しが変わるけど、寺島ゼミはどう?」西野の反応に不安を抱きながら、三須が話題を変える。

 「とても興味深いですが、納得できない点もあります。そう言えば、先週のゼミに来ませんでしたよね?」

 「ちょっと用事があって…」大学院生はやんわりと西野の質問を流す。「僕は小林くんの考えに共感してるよ。実は僕も寺島先生と君みたいに話した事があるんだ。同じことを別の講義とかでもやって少し思ったんだ。今の日本は…まるで植物状態だ…」

 「植物状態?」西野は戸惑った。

 「そうだよ。意思決定は他人任せ。経済も自力では活性化できない。多くの人々が前の世代の貴重な資産を食い潰している。残念だけど、今の日本は正常に機能していない。君がゼミで言ったように…この国は腐敗してるよ。」

 「なるほど…」初めて似た意見を持つ人物と出会えて西野は驚くと同時に嬉しかった。

 「君は僕の説をどう思う?」

 「植物状態という表現は新鮮で興味深いと思います。でも、まだ完全な植物状態ではないと思います。まぁ、近い状態にあるかもしれませんが…」

 西野の率直な意見に三須は喜んだ。「かもしれない。または僕たちの知らぬ内に植物状態になってるのかもしれない。」

 「もしそうなら、すぐにでも体制を建て直す必要があるのでは?」

 「その通り…でも、どうすれば良いのだろう?」三須の顔から笑みが消えた。

 「どうすればって…選挙と言っても、候補者と有権者によっては失敗するでしょうし…他の手段かぁ…」

 西野は真剣に考えを巡らせたが、選挙以外の良い案など思い浮かばなかった。『クーデター』や『革命』と言った言葉が脳裏を過ったが、西野は非現実だと思ってその考えを捨てた。

 “やっぱり息絶えるのを見守るしかないのか?”

 「小林くん…」目の前で考え込む西野を見かねた三須が口を開いた。「院生と学部生を集めて毎週金曜日に勉強会をやってるんだけど、来ないかい?」

 「えっ?」

 「勉強会に参加しないかい?一緒に答えを探そうよ。この国を良くする方法を…」







 歴史研究会に顔を出した後、三浦は大学から7キロほど離れた場所にある運送会社に足を運んだ。苦学生という設定なので、潜入中のSAT隊員は夜に運送会社で荷物の仕分け作業のアルバイトをしなければならないのだ。厄介な設定ではあるが、この運送会社に連絡役がいるので辞めることはできない。それに辞めれば辞めたで偽IDの設定が崩れる。

 “テロ計画を阻止するまでの辛抱だ。”

 そう自分に言い聞かせて三浦は仕事場である倉庫に入る。そう思うだけで気が楽になり、また、潜入捜査後に待つ恋人との再会に胸を躍らせた。

 作業の途中でトイレに行くと、小便器のところに連絡役の『山中』という男がいた。

 「お疲れ様です。」三浦が連絡役の隣にある小便器の前に立つ。

 「例の剛田っていうのはどうなった?」正面の壁を見つめながら山中が尋ねる。

 「なかなかフレンドリーですよ。」

 歴史研究会で聞いた話しを元に三浦は学内の個人情報にアクセスし、経済学部2年の『剛田 政雄』を見つけて4日ほど行動確認を行なった。大量に農薬を買うなどの極端な行動は見られなかったが、図書館や教室に暗号で書かれたメモ紙やUSBメモリーを隠し、その数時間後に別の誰かがそれらを回収するのを三浦は確認している。

 後日、潜入中のSAT隊員は剛田の『落し物』を回収した人物たちを盗撮して連絡係に渡し、彼らが別の学部に所属する学生であることが明らかになった。そして、剛田たちの人脈が分かり始めたところで三浦は剛田に接近した。

 「3日前の講義で隣に並んだ際に話し掛けたら、親切に提出期限間際のレポートについて教えてくれました。その次の日も偶然を装って接近して話したんですよ。」

 「今度は何だ?また、宿題についてか?」

 「そんなワンパターンじゃないですよ!試験です。試験!」

 「それで?」スラックスのジッパーを上げて山中が先を促す。

 「なんか勉強会に誘われましたよ。他の学部の学生も集まってテスト情報の交換とかしてるらしいです…」

 「なるほどぉ~」山中は西野の連絡役を務めている同僚から似たようなことを聞いていたので、手を加えるべきだと思っていた三浦の手法を見守ることにした。

 「実はな…」山中が便器から離れて手洗い場へ向かいながら言う。「もう一人、潜入捜査中の警察官がいる。お前と彼のためにも、誰とは言わないが…」

 「同じ大学ですか?」

 「いや、別の場所だ。彼も勉強会なるものに呼ばれてるそうだ…」手洗いを終えた山中がトイレのドア前で立ち止まる。「まぁ、なんというか…あまり気張るなよ。何かあれば、もう一人いるんだし…自分の身を第一に考えて行動しろよ。」

 「分かりました。」

 「頼んだぞ。」そう言うと、山中はトイレを後にした。

 そして、仕事が終わると三浦は急いで帰宅した。

 “また怒られるな…”

 アパートに着くなり、SAT隊員は盗聴器や仕掛けカメラの有無を確認し、安全を確保するとキッチンマット下の床板を一枚取り外す。そこにはジップロックに入ったスマートフォンがあった。急いで電源を入れ、起動するのを待つ。

 “早く、早く…”

 暗証番号を入力する画面が表示されると、三浦はすぐに4桁の数字を打ち込んでロックを解除する。次にSkypeのアプリを起動して交際相手に電話した。

 「遅くなってゴメンッ!!」通話が始まるなり三浦が謝った。

 「もぉ、遅すぎぃー」受話口から高橋恭子の声が聞こえてきた。「大ちゃん、浮気してるんじゃない?」

 「浮気する暇が欲しいくらい忙しいって…」最近、三浦はこの手の質問に疲れていた。彼は彼女ほど魅力的な女性はいないと思っており、この女性となら幸せな家庭を築いて行けると信じている。

 「ねぇ、研修っていつ終わるの?」

 「まだ分からないけど…意外と早く終わるかも…」

 テロリストと思われる学生たちの動きが掴みかけていたので、三浦はもう少しで潜入捜査が終わるだろうと推測していた。

 「早くって?来月とか?」高橋が嬉しそうに尋ねてきた。

 「そんなに早くないと思うなぁ~。最長で半年…最短で3ヶ月くらい?」

 「まだまだ先じゃん…」受話口から聞こえてきた女性の声には落胆の響きがあった。「会いに行っちゃダメ?」

 「今は無理だよ。もう少しの辛抱さ…もう少しで会えるから…」

 「それじゃ浮気しないで頑張ってね!」浮気の部分を強調して高橋恭子が言う。

 「わかってるって…」








 西野と三浦はほぼ同時期に「勉強会」へ誘われたが、二人が同じ場所に集まることはなかった。この勉強会は複数存在しており、西野は三須が主体の京都大学グループへ、そして、三浦は小熊という女性が取り仕切る立命館大学グループへ参加した。

 主に有名大学の学生を集めて行われる勉強会では、実際に提出課題や試験のため対策を行い、さらにそれぞれの専門分野に関することを議論する場を提供している。全ては三須と小熊が考えた人材確保のための手段であった。

 二人の潜入捜査官は勉強会に潜入できれば、テロ計画の情報が掴めると思っていた。しかし、三須たちはそこまで愚かではなかった。期待していた二人の捜査官を裏切るように3週間の月日が流れ、西野と三浦は次第に苛立ってきた。

 “ハズレか?”

 捜査官たちの連絡役も焦り、捜査の方針転換について考え始めていた。それでも西野と三浦は辛抱強く手掛かりを探し求め、その結果、不審な動きを見つけた。

 勉強会を終えて帰ろうとした時、西野は薄暗い階段の踊り場で電話する三須を目撃した。幸いな事に三須は窓の外を見ていたので潜入捜査官の姿を見ていない。足音を押し殺して身を隠すと、西野は耳を澄ませた。

 「今夜?急だな…」

 “何かの取引か?”三須の声しか聞こえないので西野に会話の全容が掴めない。

 「今度こそ大丈夫だろうな?」

 「問題ないと思うぜ。」三須の問いに守谷が答える。

 「金の準備はできてるが、もしものことを考えて対策も練った…」

 「というと?」

 「そろそろアイツも消そう。下手に動かれたら厄介だろ?」

 “確かに…”と三須は思った。“その時期かもしれないな…”

 「俺たち二人で?」三須が尋ねる。

 「いや、もう一人…信用できる奴を連れて行く。」

 「誰だ?」

 「それは会ってからのお楽しみにしようぜ。」

 三須は鼻で笑い、そして、何も言わずに電話を切った。西野は急いでその場を後にすると、携帯電話を取り出して既にハッキングした三須の携帯電話の履歴を確認した。

 “守谷?”履歴に表示された名前を見て西野は心の中で読みあげた。“取り敢えず、三須の動きを追うか…”







 顔が知られているため、西野は細心の注意を払って尾行した。

 三須は約1時間半かけて隣の滋賀県まで行き、JR湖西線のおごと温泉駅で降りて琵琶湖の方へ歩き出した。潜入捜査官が25メートル程距離を開けて三須の後を追うも、対象者は途中でタクシーを拾って移動し始めた。

 “クソッ…”西野もタクシーを拾う。

 「どちらへ?」と運転手。

 潜入捜査官は携帯電話の画面を見て、三須が近くにあるボート置き場で止まったことを確認する。

 「ここに行ってもらえませんか?」西野が携帯電話の画面を運転手に見せる。

 「えーと、マリーナですね…」目的地を確認すると白髪頭の運転手がタクシーを走らせた。

 西野はボート置き場の50メートル手前で運転手に停車するよう言い、会計を済ませると三須の行方を追った。三須はボート置き場の敷地内におり、西野はできるだけ離れた位置で対象者を監視することにした。

 三須から20メートル程離れた大型ボートの陰を監視位置に決めた時、背後から物音が聞こえた。急いで振り返ろうとしたが、その前に腕が西野の首に巻き付き、続いて口を塞がれて後方へ引き倒された。

 “見つかった!!?”

 必死に抵抗しようと動くも、西野を抑える人物の力が強すぎてビクともしない。

 「静かにして下さい。見つかってしまいますよ…」西野を抑える男が言った。

 “誰だ?”

 「手を離しますけど、暴れないでください。」三浦は静かに西野から手を離した。

 「お前は?」SAT隊員の方を向いて西野が尋ねる。

 「同業者ですよ。そう言えば、分かってもらえると思いますが?」三浦は目の前にいる男が『もう一人の潜入捜査官』だと思いながらも、警戒して身元を明かさなかった。

 「そうか…お前も三須の監督役か?」西野も敢えて身元を伏せ、三須の仲間である振りをした。

 「いいえ、僕は守谷の監督役です。」

 “守谷…三須の通話履歴にあった名前だ。コイツが例の警官なのか?”

 「質問させ―」

 西野が三浦に問いかけようとした時、潜入捜査中のSAT隊員が右手の人差し指を三須がいる方へ向けた。これを見て西野は質問を後回しにして、三須たちの行動を監視することにした。









 静まり返った夜の琵琶湖を見つめていると、背後に迫る足音を聞いた。三須はゆっくりと振り返って近づいてくる人物を見た。

 「やぁ!」白い歯を見せてフィリピン人のパオロが言った。

 「用件は?」三須は世間話抜きで本題に入ろうした。

 「商品が入ったから呼んだのさ。いつもの彼はいないのかい?」パオロがリュックサックを肩から下ろして守谷のことを尋ねた。

 「彼は別の仕事で忙しいんだ。」

 「そうかい…」

 「それで約束の物は?」三須がパオロとの距離を縮める。

 「兄さんもせっかちだねぇ~」そう言いながら、フィリピン人は鞄から横30センチ、縦10センチ程の木箱を慎重に取り出した。「ちゃんとしたグレネードだよ。お金は?」

 「あるよ。」大学院生は上着の内ポケットから膨らんだ封筒を取り出した。

 封筒を見るなり、パオロが口笛を吹いた。それは大金の入った封筒に向けたものではなく、誰かに合図を送るような高い音だった。

 “コイツとの取引も終わりだ…”フィリピン人は大金が入っている封筒を奪い、目の前にいる若い日本人を殺そうと計画していた。そのために仲間を二人連れてきた。先ほどの口笛はその二人を呼ぶための合図だった。“もう一人の男がいないのは残念だが、コイツを消せばあの守谷とかいう野郎も怯えるだろう…”

 しかし、パオロの仲間は現れなかった。彼がもう一度口笛を吹こうとした時、三須が笑い出した。フィリピン人は急に怖くなって周囲を見渡した。

 “アイツらは何所に―”

 そして、パオロは二人の仲間を見つけた。だが、二人とも口に猿轡を噛まされた上に両手を後ろで縛られた状態であり、守谷と見た事ないもう一人の男に背中を押されて三須とパオロの所に近づいてくる。パオロは唖然として捕えられた仲間を見つめ、次第に込み上げてくる恐怖によって両脚が震えた。

 「こうなるとは思わなかったよ…」三須がパオロの肩を背後から軽く叩く。フィリピン人は驚き、振り返りながら地面に座り込んでしまった。「残念だよ…」

 守谷ともう一人の男が捕まえた二人のフィリピン人をパオロの横まで連れて行くと座らせた。

 「彼が例の助っ人かい?」三須が守谷の横に立つ男を見て尋ねた。

 「そうだ…」と守谷。

 「初めまして。武田衛です。」鉄パイプを持つ男が三須に一礼する。

 彼らはまるで拘束している外国人の存在を無視するかのように話していた。

 「それはさて置き…」三須がやっとフィリピン人たちの方を向く。

 「頼むよ!彼らはただの護衛だ!アンタの連れみたいなもんだよ!!」パオロが叫ぶ。

 「うるさい奴だ。」守谷が武田の持っていた鉄パイプを取り上げ、自分が捕まえたフィリピン人の後頭部を殴った。殴られた男は呻きながら前のめりに倒れ、それを見て守谷は殴った男の前へ移動する。

 「調子はどうだい?」守谷がパオロに笑みを送る。

 「やめてく―」

 パオロの訴えは虚しく、守谷は同じ男の頭を何度も鉄パイプで殴った。男の体は殴られる度に震え、その後、数秒間激しく体を痙攣させて動かなくなった。

 それを見た二人のフィリピン人は失禁し、体を震わせて守谷の動きを注視する。返り血を浴びた守谷は真っ赤に染まった鉄パイプを振り上げ、パイプに付着していた血と肉片がパオロの顔と胸に飛んだ。パオロは逃げようとするも、体が動かず、ただ震えることしかできない。

 「分かってくれたかい?」三須が怯えるパオロに問いかける。「僕たちは正式な取引を望んでいたのに…君は裏切った…」

 パオロが喋ろうとするとも、口から出てくるのは言葉ではなく判別不能な音であった。 

 「落ち着くんだ。」と三須。「何が言いたいんだい?」

 「ゆ、ゆ、ゆ、許してくれ!お…俺、俺には、小さい娘がいる!!殺さないでくれッ!!!」どうにかパオロが声を出して助けを求めた。

 武田は守谷と三須の様子を伺っていた。初めて参加した密会に彼は興奮しており、憧れの二人がどのようにしてこの問題を解決するのか知りたかった。

 三須が一歩踏み出してパオロの両頬に手を添える。「許すよ…」

 これを聞いてフィリピン人は救われたと思い、笑顔を浮かべて胸を撫で下ろした。彼は両頬にやさしく手を置く三須が神の使いの様に見え、この男に逆らうべきではないと肝に銘じた。

 “これで終わり?”武田は失望した。“全員殺すと思ってたのに…”

 「ありがとう!ありがとう!!」パオロが涙を流しながら三須に感謝する。

 これを受けて三須はフィリピン人に笑みを送った。そして、彼は親指でフィリピン人の眼球を押し潰した。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog
前の10件 | -